AI利用量を示す数字が、静かに逆転した。

2026年5月、中国のAIモデルが処理するトークン量が週次でアメリカを上回ったと、AIゲートウェイプラットフォーム「OpenRouter」が報告した。ユーザー数でも、中国の生成AI利用者は2025年末時点で6億人を超え、1年で142%増加している。

DeepSeekが世界を驚かせてから1年以上。中国で何が変わり、AIはどこまで人々の生活と仕事に入り込んでいるのか。

この記事でわかること

  • 中国の生成AIユーザーが6億人を超えた背景と伸び率
  • 個人・企業・行政でAIが使われている具体的な実態
  • トークン消費量でアメリカを追い抜いた意味
  • Stanford HAI 2026レポートが示す米中AI性能差の現在地

DeepSeekが火をつけた大規模実験

https://www.baltimoresun.com/2026/05/06/china-ai/

2025年初頭、中国のAIスタートアップDeepSeekが発表したR1モデルは、トップクラスのアメリカ製モデルと同等の性能を持ちながら、開発コストが大幅に低いとして世界的な話題を呼んだ。その後、中国は「世界最大のAI実験場」としての性格を強めていく。

アメリカのAIモデルが性能面でリードを維持している間、中国は普及速度でアメリカを圧倒している。中国インターネット情報センター(CNNIC)の報告によると、2025年12月時点で6億人以上が生成AIを日常的に利用しており、前年比142%増というペースで拡大が続いている。

6億人の日常に溶け込んでいるAI

OpenClawを使おうとする人々が、北京やシンセンの会社前に長蛇の列を作る光景が、2026年3月に相次いで目撃された。エンジニアがラップトップへのインストールを手伝うために会場を設けると、毎回50人前後が集まったという。

列に並んだ人事マネージャーの孫磊氏(41歳)は「技術の変化に乗り遅れることが心配だ」と話し、採用プラットフォームをまたいだ求人情報の収集と選考をAIに任せたいと考えていた。

個人の使い方は多岐にわたる。上海の64歳のITエンジニア出身者・Jason Tong氏は、AI搭載の血糖値モニタリングサービスを使い始め、個別化された健康アドバイスを日常的に受けている。マカオの大学生・Zhao Yikang氏は、OpenClawを使って不動産会社のインターンシップ中にプロモーション動画を自動生成し、SNSアカウントを管理した。さらに起業準備として指示したウェブサイト制作では、10分かからず70セント以下で完成したという。

「AIは一瞬で理解する。あとは司令官として指示するだけでいい」とZhao氏は話す。

企業と行政への統合が進む

TencentはOpenClawをWeChat(微信)に統合した。WeChatは中国最大のメッセージアプリであり、食事の注文から決済まで日常のほぼすべてをカバーするスーパーアプリだ。AIエージェント機能がこのエコシステムに組み込まれることで、数億人のユーザーがAIを意識せずに利用できる環境が整いつつある。

Alibabaは自社の業務フロー全体にAIを組み込み、SenseTimeの共同創業者・Wang Xiaogang氏は「応用シナリオは無数にある。産業の発展は非常に速く、人々は様々な場面でAIを試すことに非常に積極的だ」と述べている。

行政・司法の分野でも浸透は進む。シンセンの裁判所は、AI支援ツールの導入によって昨年の処理件数が50%増加したと発表している。中国政府はAI活用を国家戦略「AI Plus」として推進しており、2030年までR&D支出を年平均7%以上成長させる目標を掲げている。

トークン消費量でアメリカを追い抜いた

OpenRouterは複数のAIモデルのデータ通信量を監視するプラットフォームで、そこで集計されたデータが一つの転換点を示している。2026年に入り、中国のAIモデルが処理するトークン数の週次合計がアメリカを上回った。

この数字は単純な「利用規模の逆転」ではない。AIの活用が深まり、長い文章の生成・分析・エージェントによる自律的なタスク実行が増えるほど、トークン消費は増加する。つまり、中国では量だけでなく、AIの使われ方の「深さ」も進んでいることを示唆している。

「競争の焦点はモデルからエコシステムへ明確に移行している。中国ユーザーは大規模なリアルタイムテスターとして機能している」と、アジアソサエティ政策研究所のLizzi Lee研究員は分析する。

性能差は2.7%まで縮まった

スタンフォード大学ヒューマン・センタード・AI研究所(HAI)が2026年4月に発表した「2026 AI Indexレポート」は、米中AI性能差の変化を数値で示している。

https://hai.stanford.edu/ai-index/2026-ai-index-report

2024年には31.6%あったトップモデルの性能差は、2026年3月時点でわずか2.7%まで縮小した。Arenaスコア換算で39ポイント差であり、アメリカ最上位のClaude Opus 4.6と中国のDola-Seed 2.0の差はこれだけしかない(参考)。

アメリカの民間AI投資は2025年に2859億ドルに達した。中国の約23倍だ。しかし投資規模の大きな差が、性能差の縮小を防げていないことをこのレポートは示している。

チップ制裁が生む逆説的な底力

アメリカの輸出規制はNvidiaなどの高性能チップを中国のAI企業が調達することを制限しており、これが中国AI開発の「アキレス腱」と指摘されてきた。しかし状況は一方向には動いていない。

2026年4月に公開されたDeepSeek V4のプレビュー版は、Huawei製チップで動作する部分を含む設計になっていた。Nvidiaへの依存を減らす取り組みが実際に成果を出し始めている。

新アメリカ財団のSamm Sacks氏は「輸出規制は中国のチップ製造能力を遅らせたが、その分だけ設計・製造・採用の連携が改善された。長期的にはこの動きが中国の野心を阻害するのではなく、加速させる可能性がある」と述べている。Omdia社のアナリスト・Lian Jye Su氏も「中国は間もなく模倣者から並走する革新者へ移行するだろう」と予測する。

利用規模では先行する中国、技術では追いかけるアメリカ

モデル性能での米中差が2.7%まで縮まる一方、実際の利用規模では中国がアメリカを超えつつある。「誰がより広く・深くAIを使うか」という競争では、中国が独自のアドバンテージを持ち始めている。

OpenClawの設置会場に列を作る人々、WeChatのAIエージェント機能、シンセンの裁判所——これらは政策的な誘導だけでなく、使えば便利だという実感が広がっている結果だ。CNNICが集計した6億人という数字は、そうした日常の積み重ねを映している。