金属3Dプリンターのレーザーは、これまで直線をなぞるだけでした。米国国立標準技術研究所(NIST)の研究チームは、レーザーをループ状に動かして溶融金属をかき混ぜる「レーザーウィスク」手法を開発し、従来は製造が難しかった高エントロピー合金(HEA)の印刷に成功しています。新しいハードウェアは不要で、ソフトウェアの更新で既存の金属3Dプリンターに適用できる点も注目です。
この記事では、NISTの公式発表と学術論文に基づき、レーザー攪拌の仕組み、検証方法、航空宇宙や原子力分野への応用可能性を整理します。
この記事でわかること
- 高エントロピー合金が製造しにくい理由
- NISTのレーザー攪拌(楕円スキャン)が従来手法と何が違うか
- アルゴンヌ国立研究所のX線装置でどう検証したか
- 既存プリンターへの適用と「オンデマンド合金」の展望
高エントロピー合金はなぜ作りにくいのか
合金とは、複数の金属を混ぜ合わせて性質を調整した材料です。鉄に炭素を加えた鋼のように、従来の合金は1種類の基礎金属を主成分とし、他の元素を少量加えるのが一般的です。
高エントロピー合金(HEA)はこの常識を覆します。5種類の金属をそれぞれおおよそ20%ずつ含むなど、複数の元素をほぼ均等な比率で混ぜ合わせます。原子レベルで元素が均一に配置されるため、高温でも強度を保ちやすく、ジェットエンジンや原子炉など過酷な環境向けの材料として期待されています。
一方で製造は難航します。金属ごとに密度、融点、表面張力が異なるため、溶融した金属が冷える過程で元素が分離し、強度の低い斑点が生じます。NISTの物理学者ファン・チャン氏は「HEAは原子レベルまで混ぜる必要がある。こうした比率で金属を均一に混ぜ合わせるには、通常より多くの工夫が要る」と説明しています(NIST公式発表)。鋳造のような従来手法では部品化が困難で、金属3Dプリンティング(積層造形)が解決策の候補として注目されてきました。
レーザーをループさせて溶融池を攪拌する
金属3Dプリンティングの主流方式は、レーザー粉末床融合(LPBF)です。金属粉末を薄く敷いた上でレーザーが走査し、粉末を一瞬で溶かして固体化させます。溶融池はてんとう虫の目より小さいほど微小ですが、ここで元素が混ざり合います。
通常のLPBFでは、レーザーは粉末床の上を直線的に走査します。熱による自然対流だけでは、HEAのような難しい合金には混ざり合いが不十分です。NISTの研究者ホー・ヨン氏は、印刷中に金属を能動的に攪拌する方法を模索しました。
チームが採ったのは、レーザーの走査パターンを直線から楕円形のループに変える手法です。レーザーがループを描くたびに溶融池内の液体金属がかき混ぜられ、元素の分離を抑えます。論文タイトルでも「楕円スキャンによるレーザー攪拌(laser stirring with elliptical scanning)」と名付けられています。ヨン氏は「市販の3Dプリンターソフトウェアではこうしたパターンは作れない。レーザー経路の調整に制限が多いため、ソフトウェアを一から書いた」と述べています。ただし大型部品の追加は不要で、既存の金属3Dプリンターにソフトウェア更新で適用できる設計です。
RHEA-19とチタン合金の混合実験
手法の有効性を示すため、チームは通常ほとんど混ざらない2種類の材料を組み合わせて試験しました。高密度の高エントロピー合金「RHEA-19」と、軽量のチタン合金です。2つの材料を隣接して配置し、ループ走査のレーザーを境界に通過させました。
固体化の過程は1秒未満で起こるため、内部の原子配置をリアルタイムで観察するのは容易ではありません。NISTチームはシカゴ近郊のアルゴンヌ国立研究所(Argonne National Laboratory)にある先端光子源(Advanced Photon Source、APS)と連携しました。APSはスタジアム規模のシンクロトロン施設で、歯科用X線の約5000億倍の明るさのビームを生成します。チャン氏は「APSはこの種の測定を可能にする数少ない光子源のひとつだ」と語っています。
X線回折により、X線が金属原子に散乱して生じるパターンから原子の配列を読み取り、冷却と同時に変化を追跡しました。電子顕微鏡による最終製品の分析も行い、レーザー攪拌が混合と合金形成を改善したことを確認しています。研究成果は学術誌『Additive Manufacturing』に掲載され、2026年1月30日にオンライン公開されています(DOI: 10.1016/j.addma.2026.105101)。NISTによるプレスリリースは2026年6月4日に出されました。
オンデマンド合金と部品ごとの材料設計
今回の手法はHEAに限りません。従来の合金でも、元素の均一な混合に応用できます。さらに長期的な展望として、「オンデマンド合金」の実現が挙げられます。
現在の金属3Dプリンティングでは、使う合金ごとに専用の金属粉末を用意する必要があります。12種類の合金を印刷したければ、12種類の粉末が要る計算です。NISTの研究は、オフィスのカラープリンターが4色のインクを混ぜて任意の色を作るように、元素金属の粉末をプリンター内で混ぜて合金を生成する道を開きます。コスト削減と設計の柔軟性向上が期待されます。
部品の部位ごとに合金組成を変えることも可能です。ジェットエンジンのタービンブレードのように、先端部と根元部で異なる金属特性が求められる部品を、溶接による接合なしに一体成形できます。溶接部は弱点になりやすいため、製造上の大きなメリットです。ヨン氏は「合金づくりを加速したい。金属3Dプリンティングは、かつて不可能だった部品を作れる可能性を持っている」と述べています。
製造業とエネルギー産業への波及
航空宇宙分野では、高温でも強度を維持する部品への需要が高く、HEAの実用化が進めばエンジン設計の選択肢が広がります。原子力分野でも、放射線環境や高温に耐える材料の開発は長年の課題であり、均一な合金を3Dプリントで直接成形できる技術は材料開発のサイクルを短縮する可能性があります。
ただし、今回の成果は研究段階の実証です。市販ソフトウェアが楕円ループ走査に対応していない現状では、製造現場への導入にはソフトウェア開発とプロセス最適化が必要です。NISTはレーザー処理研究用の試験装置LPDT(Laser Processing Diffraction Testbed)でも高度な走査戦略の研究を続けており、産業界がこの手法を取り込むための基盤データが蓄積されつつあります。
金属3Dプリンティングは、ロケットエンジンや自動車工場、住宅設備の水栓部品など、すでに実用化が進んでいます。レーザー走査パターンの制御というソフトウェア面の革新は、合金設計の新たな選択肢を広げます。市販ソフトウェアの対応と量産プロセスの確立が、実用化の次の関門です。