Google Cloudが本番運用のマルチエージェントシステムを丸ごとオープンソース化し、シニアエンジニア2名がライブ講義で構築手順を公開しました。

この記事では、公開されたサンプルの中身と、ADK(Agent Development Kit)を使ったマルチエージェント設計の要点を整理します。

この記事でわかること

  • GoogleがOSS化した本番マルチエージェントの全体像
  • 7段階パイプラインの役割分担とデータ連携
  • ADKでマルチエージェントを組む際の設計パターン
  • ローカル実行からCloud Run・Agent Engineへの展開方法

本番システムを丸ごと公開した背景

小売店の出店候補地を自動分析する「Retail AI Location Strategy」は、Googleが本番環境で運用したマルチエージェント・パイプラインです。2025年4月のGoogle Cloud NEXTで発表されたADK(Agent Development Kit)上に構築され、GitHubのadk-samplesリポジトリで全体が公開されています。

ADKは、Google AgentspaceやCustomer Engagement Suiteのエージェント基盤と同じフレームワークをオープンソース化したものです。単一の巨大プロンプトに頼るのではなく、専門化した複数エージェントが順番に処理を引き継ぐ設計が特徴です。

2026年6月24日、メディア向けアカウントAvidは、Google Cloudのシニアエンジニア2名によるマルチエージェント・ワークフロー構築のライブ講義を紹介しました。講義では、本番運用済みのシステムをどう設計・実装したかが解説されています。

7つの専門エージェントが担う処理フロー

https://github.com/google/adk-samples/tree/main/python/agents/retail-ai-location-strategy

公開されたパイプラインは、ADKのSequentialAgentで7つのサブエージェントを直列接続した構成です。ユーザーが「バンガロールのインディラナガルにコーヒーショップを出したい」と入力すると、以下の7段階が自動で走ります。

  1. Intake(受付) — 地域名と業種を構造化データに変換
  2. Market Research(市場調査) — Google Searchで人口動態やトレンドを収集
  3. Competitor Mapping(競合マッピング) — Google Maps Places APIで周辺競合を地図上に配置
  4. Gap Analysis(ギャップ分析) — Pythonとpandasで定量スコアを算出
  5. Strategy Advisor(戦略立案) — Geminiの推論能力で出店方針を策定
  6. Report Generator(レポート生成) — HTML形式のエグゼクティブレポートを出力
  7. Infographic Generator(インフォグラフィック生成) — 視覚サマリーを画像で作成

各エージェントは1つの処理に特化しています。市場調査エージェントがWeb検索を担い、競合マッピングが地図APIを呼び出し、ギャップ分析がコード実行で数値化する——この役割分担が、単一エージェントでは難しい精度と再現性を生みます。

ADKがマルチエージェント構築を簡素化する仕組み

ADKは2025年4月9日にGoogle Developers Blogで発表された、Python製のオープンソース・フレームワークです。マルチエージェント設計のための3つのワークフロー・エージェントが用意されています。

  • SequentialAgent — サブエージェントを順番に実行(今回の出店分析パイプラインが該当)
  • ParallelAgent — 独立したタスクを並列実行
  • LoopAgent — 品質基準を満たすまで繰り返し処理

エージェント間の連携には、オープン標準のA2A(Agent2Agent)プロトコルも使えます。A2Aは異なる言語やフレームワークで作られたエージェント同士が通信するための共通規格で、Googleは50社以上のパートナーと共同で策定を進めています。Pythonで推論処理を書き、Goでポリシー検証を担う——といった言語横断の構成も可能です。

外部ツールとの接続にはMCP(Model Context Protocol)にも対応しており、Google SearchやGoogle Mapsのほか、LangChainやCrewAIなど他フレームワークのツールも組み込めます。

ライブ講義で公開された実装のポイント

Google CloudとAICampが共同開催する「AI DevTalks Live」第10回(2026年2月12日)では、GoogleのLavi Nigam氏が講師を務めました。テーマは「Building Multi-Agent Pipelines with Google ADK: From Market Research to Strategy Synthesis」です。

講義では、小売出店分析パイプラインを題材に、8つの専門エージェントのオーケストレーション方法が解説されました。Google Searchによるリアルタイム市場調査、Google Maps APIによる競合マッピング、組み込みコード実行による定量ギャップ分析——それぞれのエージェントがどのツールを呼び出すかが、ステップごとにデモされています。

最終段階では、Geminiの推論能力を使って複雑なデータをエグゼクティブレポート、インフォグラフィック、音声サマリーといった実務向けアウトプットに変換する流れも紹介されました。登録者には録画が配布されるため、コードを追いながら自分の環境で再現できます。

ローカルで試す手順

公開リポジトリは、Google Agents CLIを使えば数コマンドで起動できます。

uvx agent start retail-ai-location-strategy

別ターミナルから対話を開始する場合は次のコマンドです。

uvx agent chat retail-ai-location-strategy -- -q "I want to open a coffee shop in Indiranagar, Bangalore"

Google AI StudioのAPIキーを使う方法と、Vertex AIを使う方法の2通りが用意されています。AI Studio経路では.envにAPIキーを設定し、make install && make devでローカルサーバー(http://localhost:8501)を起動します。Google Maps Places APIのキーも必要です。

本番環境への展開

プロトタイプから本番移行には、Vertex AI Agent Engineというマネージド・ランタイムが用意されています。Agent Engineはセッション管理、スケーリング、セキュリティ、評価、モニタリングを担い、ADKと直接統合されています。

Google Agents CLIでプロジェクトを生成すると、Cloud RunやAgent Engine向けのデプロイスクリプトとCI/CDパイプラインが自動で付属します。

uvx google-agents-cli setup
agents-cli create my-retail-agent -a adk@retail-ai-location-strategy

Cloud Runへのデプロイはmake deploy IAP=trueで実行できます。IAP(Identity-Aware Proxy)を有効にすれば、社内限定のアクセス制御も可能です。

他の本番サンプルも参照できる

Retail AI Location Strategyだけが公開例ではありません。同じadk-samplesリポジトリには、経済調査エージェント(FRED・BLS・Censusなどの公開APIを統合)、広告キャンペーン生成、契約コンプライアンス検証(Python+GoのA2A連携)など、本番想定のサンプルが揃っています。

Lavi Nigam氏の個人リポジトリbuild-with-adkにも、設計パターンと本番アーキテクチャの解説がまとめられています。マルチエージェントの階層構造、Pydanticスキーマによる型安全な出力、Cloud RunとAgent Engineへのデプロイ手順が体系的に整理されています。

マルチエージェント設計で押さえる3点

本番マルチエージェントを自分のプロジェクトに応用する際、公開事例から読み取れる設計原則は次の3点です。

エージェントは1タスクに1役割。 市場調査と競合分析を同じエージェントに任せると、ツール選択の精度が落ちます。処理フェーズごとにエージェントを分け、SequentialAgentで接続するのが基本パターンです。

ツールはAPIとコード実行を使い分ける。 Web検索や地図APIはLLMの推論に任せ、数値計算はPythonコード実行に委ねる——この棲み分けが、ハルシネーション(事実と異なる生成)を抑えます。

評価とデプロイを最初から組み込む。 ADKにはAgentEvaluatorによる軌跡評価と、Agent Engineへのワンコマンド・デプロイが組み込まれています。プロトタイプ段階で評価データセットを用意しておくと、本番移行時の品質担保が楽になります。

Googleが本番運用のマルチエージェントを丸ごとOSS化したことで、設計のブループリントが手に入りました。ADKのSequentialAgent、A2Aプロトコル、Agent Engineの組み合わせを押さえれば、自社の業務フローに合わせたマルチエージェント・システムの構築に着手できます。