商用クラウドでPCIe 6.0対応CPUを使えるのは、AWSが世界初です。
2026年6月10日、AWSはGraviton5プロセッサを搭載したEC2 M9gおよびM9gdインスタンスの一般提供を開始しました。AMDやIntelのクラウド向け製品より先に、顧客が時間単位でPCIe 6.0ハードウェアを借りられる環境が整いました。インフラ担当者にとって、クラウド性能競争の次の一手が見えてきます。
この記事でわかること
- Graviton5とM9g/M9gdの主な仕様と性能向上の中身
- PCIe 6.0対応が実務に与える影響と限界
- 利用可能なリージョンと向いているワークロード
Graviton5とは何が変わったか
Graviton5は、AWS傘下のAnnapurna Labsが設計した第5世代のカスタムArmプロセッサです。TSMCの3nmプロセスで製造され、4つのチップレットに48コアずつ、合計192コアを配置しています。各コアには1MBの専用キャッシュがあり、共有L3キャッシュは192MBと、前世代Graviton4の5倍に増えています。
メモリは12チャンネルのDDR5-8800に対応し、集約帯域は800GB/sを超えます。AWSの公式発表では、Graviton5搭載インスタンスはクラウド上で最速のDDR5メモリを提供するとしています。コア間の通信は最大420GB/sの帯域を持つカスタムダイ間接続で行われ、コア間レイテンシは最大33%低減します。
CPUコアはArmとAmazonが共同設計したNeoverse V3を採用しています。分岐予測の精度が上がり、データベースのような実アプリケーションでは最大30%の性能向上が見込まれます。Graviton4比の全体性能は最大25%向上、Webアプリケーションと機械学習推論は最大35%、データベースは最大30%の高速化を謳っています。
PCIe 6.0対応が意味すること
Graviton5の目玉の一つは、96レーンのPCIe 6.0対応です。PCIe(Peripheral Component Interconnect Express)は、CPUとストレージ・ネットワークカードなどを接続する高速バス規格で、世代が上がるほど転送帯域が倍増します。PCIe 6.0はPCIe 5.0の2倍の帯域を持ち、AWSのクラウド基盤としては初の対応となります。
ただし、PCIe 6.0の帯域を活かすには、周辺機器側も同規格に対応している必要があります。現時点で市販されているPCIe 6.0対応SSDは限定的で、Micronの9650 NVMe SSDが代表例です。シーケンシャル読み出しは28GB/sに達しますが、主なターゲットはAI推論環境の大規模事業者です。TeamgroupのPCIe 6.0 SSDも同様に28GB/sを謳っていますが、一般企業向けの普及はこれからです。
Yahoo Techの報道でも指摘されているように、多くのAWS顧客にとっては、PCIe 6.0そのものよりもコア数の増加、L3キャッシュの拡大、メモリ帯域、ソフトウェア最適化の方が体感性能に直結します。PCIe 6.0はインフラの先行指標として重要ですが、日常のクラウドワークロードを即座に変える機能ではありません。
M9gとM9gdの使い分け
M9gは汎用インスタンスで、アプリケーションサーバー、マイクロサービス、ゲーム、キャッシュ、コンテナに加え、リアルタイム推論やコード生成といったエージェント型AIのワークロードを想定しています。最大192 vCPU、768GiBメモリ、ネットワーク帯域100Gbps、EBS帯域72Gbpsのmetal-48xlサイズまで用意されています。
M9gdはローカルNVMe SSDを内蔵するバリアントです。最大11.4TBのストレージと、前世代M8gd比で30%高いIOPSを提供します。メディア処理、バッチ処理、ログ処理、スクラッチ領域が必要なアプリに向いています。
ネットワーク帯域は平均15%、EBS帯域は平均20%向上し、最大サイズではネットワーク帯域が2倍になります。Instance Bandwidth Configuration(IBC)により、EBSとVPC間の帯域配分を最大25%調整できる点も新機能です。
セキュリティと導入事例
第6世代AWS Nitro System上で動作するM9g/M9gdは、Nitro Isolation Engineを初めて搭載しています。フォーマル検証(数学的に動作を証明する手法)により、仮想マシン間の隔離を保証し、AWSはこれを「数学的に証明されたクラウドセキュリティ」と位置づけています。マルチテナント環境や信頼できないコードの実行を検討するチームにとって、テストベースの検証より強い保証になります。
プレビュー期間中、ClickHouseはM8g比で36%の性能向上、Honeycombはコアあたり36%のスループット改善、HubSpotはMySQLのクエリ時間を最大60%短縮したと報告しています。一般提供に合わせ、Metaはエージェント型AI向けに数千万コア規模のGraviton導入を表明しています。
利用方法と今後の展開
M9g/M9gdは、US East(バージニア北部・オハイオ)、US West(オレゴン)、EU(フランクフルト)の4リージョンで利用できます。オンデマンド、Savings Plans、Spot、Dedicated Instances、Dedicated Hostsのいずれでも購入可能です。
コンピュート最適化のC9g、メモリ最適化のR9gは2026年後半の提供予定です。推論や分析のピーク性能を求める場合は、C9gのベンチマーク公開を待ってから移行を判断するのが現実的です。x86からの移行には、AWS TransformによるJavaアプリの自動変換ツールも用意されています。
クラウドのハードウェア競争は、GPUだけでなくCPU基盤でも激化しています。Graviton5は192コアとPCIe 6.0で先行した一方、周辺エコシステムの成熟には時間がかかります。今すぐ移行するか、次世代インスタンスを待つかは、ワークロードの特性とコスト試算で決める段階です。