1ドル未満のシリコンチップが、AIモデルを動かし、独自のOSまで走らせる。これがESP32の現実です。
「安いIoTマイコン」という印象が強いESP32ですが、開発者たちの手によって、その限界をはるかに超えた活用例が次々と生まれています。本記事では、ESP32でできる驚きの実例を5つ紹介します。
この記事でわかること:
- ESP32だけでWebサーバーを公開する方法
- 80ボイス対応ポリフォニックシンセサイザーの構成
- mmWaveレーダーで連動するスマート照明のしくみ
- TensorFlow LiteによるローカルAI推論の実例
- タッチスクリーン付きOSをインストールする2つのプロジェクト
ESP32とは
ESP32は、Espressif Systemsが開発したデュアルコアマイコンです。Wi-FiとBluetoothを内蔵しながら、価格は数百円から1,000円程度。スマートホームのセンサーや小型ガジェットに広く使われています。
処理性能は低いという前提で語られることが多いですが、開発者コミュニティはその常識を繰り返し覆してきました。
Webサーバーを丸ごと動かす
https://github.com/Tech1k/helloesp
「helloESP」は、520KBのRAMしか持たないESP32 DOIT DevKit V1でWebサイトを公開しているプロジェクトです。2022年に初デプロイされ、約500日間稼働を続けた後に一度停止。2026年中頃に再構築され、現在も公開中です。
構成は、本体のESP32に加えて、温湿度・CO2を計測するBME280/CCS811センサー、128×64のOLEDディスプレイ、microSDカード、LEDインジケーター2本。環境データをリアルタイムで表示しながら、Webサーバーとして機能しています。
サーバーが落ちた際に備え、CloudflareのWorkerでオフラインページを返す仕組みも実装済みです。実用性というよりも「どこまでできるか」を追求した実験的プロジェクトですが、その完成度は高く、完全オープンソースで公開されています。
80ボイスのポリフォニックシンセサイザーを動かす
https://github.com/danilogcrf2-oss/ESP32Synth
「ESP32Synth」は、ESP32デュアルコアで動くポリフォニックシンセサイザーエンジンです。通常の利用では80ボイスを同時に鳴らせ、エンジンの上限は350ボイスに達します。ただし350ボイスに近づく領域は「The Abyss(深淵)」と呼ばれており、レイテンシの乱れやオーディオジッターが発生します。
音源方式はサイン波・三角波・のこぎり波・パルス波(PWM調整あり)・ノイズ・ウェーブテーブル・RAMサンプラーと多彩。ESP-IDFベースのベアメタル実装で、48kHz / 32bitの高品位オーディオを出力します。
必要なハードウェアは、ESP32 ClassicまたはESP32-S3(デュアルコア 240MHz)と、I2C接続の外付けDAC。Arduino IDEのライブラリマネージャーで「ESP32Synth」と検索するとインストールできます。
レーダーで人を感知してLEDを制御する
https://github.com/Techposts/AmbiSense
「AmbiSense」は、mmWaveレーダーセンサー(LD2410)とESP32を組み合わせ、人の接近・動きに反応してLEDテープを制御するシステムです。カメラを使わないためプライバシーへの影響がなく、反応速度はミリ秒単位です。
LEDの色・輝度・検知範囲はWebインターフェースから設定できます。最大5台のスレーブデバイスを1台のマスターに接続するマルチセンサーネットワーク構成も可能で、デバイス間の通信にはESP-NOWを採用することで低レイテンシを実現しています。
Home Assistant向けのカスタムインテグレーションも別リポジトリで提供されており、スマートホームとの連携も容易です。
TensorFlow LiteでローカルAIの画像認識を動かす
https://github.com/jomjol/AI-on-the-edge-device
ESP32にカメラモジュール(ESP32-CAM)を組み合わせることで、TensorFlow Liteを使ったAI推論をローカルで実行できます。外部クラウドへのデータ送信は不要で、インターネット接続がなくても動作します。
実用例として注目を集めているのが「AI-on-the-edge-device」プロジェクトです。ガス・水道・電力メーターをカメラで撮影し、AIモデルが数値を読み取ってHome Assistantへ送信します。GitHubのスター数は8,000以上に達しており、実際の導入事例も多い成熟したプロジェクトです。
画像認識の用途はメーター読み取りにとどまりません。ESP32-S3と外付けカメラを組み合わせたより汎用的な実装のチュートリアルも多数公開されており、農業・工場・防犯など幅広い分野での応用が進んでいます。
本格的なOSをタッチスクリーンで動かす
https://github.com/TactilityProject/Tactility
https://github.com/MicroPythonOS/MicroPythonOS
ESP32は従来、コードを書き込んで単一の処理を実行させるのが基本でした。しかし「Tactility」と「MicroPythonOS」は、その前提を覆す本格的なOSをESP32向けに提供しています。
Tactilityはタッチスクリーン対応のGUIを持ち、ビルトインアプリに加えてSD経由でアプリを追加できます。LilyGOスマートウォッチやCheap Yellow Displayシリーズなど、ESP32内蔵ディスプレイデバイスで動作し、OTA(無線アップデート)にも対応しています。
MicroPythonOSはAndroidとiOSにインスパイアされた設計で、AppStoreからアプリを更新できます。ChromeなどのWebインストーラー対応ブラウザからフラッシュするだけで導入でき、接続ハードルが低い点も特徴です。
どちらもESP32が「単機能デバイス」から「汎用コンピューター」へと変わりうることを示しています。
ESP32の可能性はまだ広がっている
Webサーバー・シンセサイザー・レーダー照明・ローカルAI・独自OS。これだけ異なる領域で本格的な動作を実現しているマイコンは、価格帯を考えると異例の存在です。
特にTensorFlow LiteによるオフラインAI推論は、クラウド依存から脱却したエッジAIの可能性を示しています。5ドルのシリコンチップが、AIの民主化を加速させる一翼を担っています。