「AIを使う会社」と「AIで動く会社」は、もはや別の生き物だ。
VCのAnn Miura-Ko(Floodgate)が2026年4月にサンフランシスコのAIネイティブ企業5社を直接訪問し、その実態をレポートにまとめた。単なる生産性向上の話ではなく、組織の構造そのものが別の形に変わりつつあることを示す観察記録だ。
この記事でわかること:
- AIネイティブ企業でPMがなぜ消えているのか
- Slack, Claude Code, GitHub, Codex, Linearに技術スタックが収束している理由
- 実験コストの崩壊が組織にもたらす「複利効果」とは何か
- 最大の戦略リスクとして挙がる「機能工場」問題
https://x.com/annimaniac/status/2043908558115438687
PMが消えた。役割が吸収されている
1日で5社を訪問し、専任PMと話せたのは1名だけだった。40名規模の企業を含む5社において、この数字は衝撃的だ。
PMが「AIに補助されている」のではない。PM という役割自体がエンジニアリングとデザインに吸収されていた。エンジニアが毎日顧客と話し、製品の方向性を最初から最後まで自分で決める。Miura-Koはこれを「PMのソフトな代替」ではなく「役割の消滅」と表現している。
なぜこうなるか。1日でほぼ何でも実装できる環境になれば、仕様整理と優先度管理を専業にする人間を間に置く必要がなくなるからだ。顧客と話して、その日のうちに形にして、翌日フィードバックを得る。このサイクルにPMが入り込む余地は薄い。
全社が同じスタックに収束している
訪問した5社のほぼすべてが同じ技術スタックを使っていた。
Slack / Claude Code / GitHub / Codex(コードレビュー用)/ Linear
6か月前の会話ではCursorが必ず話題になったが、今は散発的にしか登場しない。エンジニアがClaude Codeのなかで「生活している」と表現した担当者もいた。ある研究者はCursorとClaudeを並行して使っていたが、「なぜ2枚目のウィンドウが必要なのか」と自問し、Cursorをやめた。
コーディングツールに対する「ロイヤルティがほぼない」ことも観察された。エンジニアは最も使いやすいものを使うだけで、過去の習慣や学習コストへの執着がない。ツールへの愛着ではなく、成果への愛着だけが残っている。
SlackがAIエージェントの司令塔になった
Slackの使われ方が根本的に変わっていた。チャットツールではなく、エージェントのオーケストレーション層として機能している。
具体的には次のような動きが起きている。絵文字リアクションをつけると自動でチケットが生成される。ボットがSlackのメッセージを読み、診断レポートと顧客イシューの分類を実行する。エージェントがスレッドでタグされると、その場でコードの修正作業が始まる。
Slackが「人が使うツール」から「エージェントが常駐する場所」に変わっている。Miura-KoはSlackが「中央オーケストレーションレイヤー」として台頭したと表現した。
非エンジニアも組織の主役になっている
AIが変えているのはエンジニアの仕事だけではない。Miura-Koが「最も過小評価されている変化」と述べたのは、AIがエンジニア以外のすべての人に力を与えていることだ。
観察された具体例を挙げる。
- エンタープライズのアカウントマネージャーが製品チームに数か月間「アカウント一括登録の自動化」を依頼していたが、優先度が上がらなかった。Slack上のAIエージェントに依頼したところ、1時間で完成した
- 経理チームが直接SQLクエリを書き、MCPを使って自社のビジネスデータを分析するようになった
- Chief of StaffがダイレクトメールとマーケティングのPDFを30分以内に作成できるようになった
「エンジニアのためのAI」というフレームが、今起きていることを正確に表していないことがわかる。
「1日で作れる」がもたらす最大のリスク
速く動けることはリスクでもある。訪問した複数の企業が「現在最大の戦略リスク」として挙げたのは、機能工場(feature factory)への転落だ。
顧客から要望が来るたびに1日で実装できてしまうと、すべてを作ろうとする衝動が生まれる。製品の核心的なビジョンではなく、リクエストへの即応が仕事になってしまう。これを防ぐために、各社は厳しい制約を設けていた。
- あるエージェントはJSONで既存機能の設定変更のみを許可し、新しいアプリケーションコードの生成を禁止している
- 別の企業はスクワッド単位でNorth Starメトリクスを定め、アイデアをリリース前に削ぎ落とす仕組みを持つ
- 複数の企業が「意見を持つべき領域と柔軟にすべき領域を創業者が自分で決めなければならない」と強調していた
実行コストがほぼゼロになると、何を作るかよりも何を作らないかの判断力が差別化になる。
実験コストの崩壊が「複利」を生む
速く動けるという話の数字を具体的に示す。Miura-Koが観察した企業は、従来比3〜5倍の反復速度を達成していた。これは2つの形で現れる。
- 同じ期間内により多くの実験を行う
- 複数の実験を並行して同時に走らせる
実際の事例として、あるデザイナーは6分以内に複数の競合バリアントを生成して比較できるようになった。コーディング経験ゼロのGrowth PMが2日間でMeta広告の全パイプライン(戦略ブリーフ、AI生成動画広告、Meta自動投稿)を構築した例もある。
また、顧客シミュレーションも変わった。ある企業は実際の顧客にフィードバックを求める前に、異なるユーザーペルソナを演じるAIエージェントでプロダクトのストレステストを行った。別の企業は四半期50件のリサーチインタビューから、週あたり数百件に規模を変えた。
学習と構築のサイクルが短くなると、知識が組織に蓄積していくスピードも変わる。Miura-Koはこれを「複利」と表現した。
センスが競合優位性になる
Miura-Koのレポートが最後に指摘するのは、実行コストがほぼゼロになった世界ではtaste(センス)が競合優位性(moat)になるという点だ。
ただし、どうすればそのセンスを組織として実装できるのかは、まだ多くの企業で試行錯誤の段階にある。速く動けることは道具であり、その道具で何を作るかを決める判断力こそが次の問いになっている。
「AIを使って効率化する」フェーズはすでに終わっている。Miura-KoのレポートはむしろAIネイティブ企業がどんな新しい課題に直面しているかを示している。すでにAIを内在化した企業と、まだ「AI戦略を議論している」企業の格差は、毎週広がり続けていると彼女は書いている。