AIが1つの数学問題を解いただけでは、もはやニュースになりにくい時代です。しかし、その証明に使われた手法が90年間誰も思いつかなかったもので、しかも他の未解決問題まで芋づる式に解き始めたとしたらどうでしょうか。

2026年4月13日、OpenAIのGPT-5.4 Proが数学の未解決問題「Erdős Problem #1196」を約80分で証明しました。そして5月2日、オックスフォード大学の数学者Jared Lichtmanが、この証明手法を改良して別の未解決問題も解決したと発表しています。

この記事でわかること

  • Erdős Problem #1196とは何か
  • GPT-5.4 Proがどんな手法で解いたのか
  • なぜ人間の数学者は90年間その方法に気づかなかったのか
  • 証明手法が他の問題にも波及している最新状況

Erdős Problem #1196とは

https://www.erdosproblems.com/forum/thread/1196

1968年に数学者のErdős、Sárközy、Szemerediが提出した予想です。「原始集合」と呼ばれる、どの要素も他の要素で割り切れない自然数の集合が対象になります。たとえば {2, 3, 7, 15} は原始集合ですが、{2, 4, 7} は2が4を割り切るため原始集合ではありません。

Erdősは1935年に、任意の原始集合について Σ 1/(a·log a) の総和が常に有限になることを証明しました。Problem #1196は、この総和が集合内の数を大きく制限するとどう振る舞うかを問うもので、大きな数だけの原始集合では総和が1に収束するという予想です。スタンフォード大学のLichtmanは2023年に上界を約1.399まで絞りましたが、完全な証明には至りませんでした。

23歳のアマチュアがChatGPTに入力した

https://www.scientificamerican.com/article/amateur-armed-with-chatgpt-vibe-maths-a-60-year-old-problem/

解いたのはプロの数学者ではありません。23歳のLiam Priceは高度な数学の訓練を受けていない愛好家です。ChatGPT Proのサブスクリプションを使い、暇な月曜の午後にErdős Problemsのサイトから問題を拾ってAIに投げるという趣味を続けていました。

2026年4月13日、PriceがProblem #1196をGPT-5.4 Proに入力すると、約80分の推論の末に正しい証明が出力されました。Price自身は問題の歴史も難しさも知りませんでした。彼はケンブリッジ大学の学部生Kevin Barretoに結果を送り、Barretoがその重要性に気づいて専門家に連絡を取りました。

90年間見落とされていた証明手法

1935年以降、この分野に取り組んだ数学者は全員、同じアプローチを採っていました。整数論の問題を確率論に変換するという方法です。Lichtmanによれば、この翻訳があまりにも自然だったため、代替ルートを探す人がいなかったといいます。

GPT-5.4 Proはまったく別の道を通りました。フォン・マンゴルト関数(von Mangoldt function)という解析的整数論の道具を使い、整数の素因数構造をマルコフ連鎖としてモデル化したのです。この手法自体は90年前から存在していましたが、原始集合の問題に適用した人はいませんでした。

フィールズ賞受賞者のTerence Taoは、この状況を「全員が最初の一手で少しだけ間違った方向に進んでいた」と表現しています。Lichtmanはチェスの新しいオープニングに例え、囲碁AI・AlphaGoが2016年に打った「Move 37」——人間には悪手に見えて実は最善手だった一手——との類似性を指摘する声もあります。

AIの出力は「かなり粗かった」

GPT-5.4 Proが出した証明がそのまま論文になったわけではありません。Lichtmanは「ChatGPTの生の出力はかなり粗かった。専門家がふるいにかけて、AIが何を言おうとしているのかを理解する作業が必要だった」と述べています。

LichtmanとTaoは証明を短縮・整理し、AIの核心的な洞察をより明確に蒸留しました。その後、定理証明支援系Leanによる形式検証も完了しています。Leanではすべての論理ステップが機械的にチェックされるため、証明の正しさは数学的に確定しています。erdosproblems.comでもProblem #1196は「PROVED」と記録されました。

証明手法が他の未解決問題にも波及

最も注目すべき展開は、この証明手法が1つの問題に留まらなかった点です。

2026年5月2日、LichtmanはXで「GPT-5.4 Proの証明手法を改良・応用し、複数の追加問題を証明した。Erdős、Sárközy、Szemerediによる別の60年来の予想も含まれる」と発表しました。ハーバード大学のBoaz Barakはこれを「数学における初の意味ある人間-AI共同研究」と評しています。

Lichtmanは大学院時代から「これらの問題は互いにつながっていて、統一的な解法があるはずだ」という直感を持っていたといいます。GPT-5.4 Proが見つけたマルコフ連鎖アプローチは、まさにその直感を裏づけるものでした。Taoも「大きな数の構造(anatomy of integers)とマルコフ過程の間に、これまで記述されていなかったつながりが見えてきた」と述べ、新しい理論の萌芽と位置づけています。

AIは数学者を代替するのか

今回の事例が示しているのは、代替ではなく補完です。AIが人間の固定観念を打破し、人間がAIの粗い出力を洗練して新しい理論に育てる。この往復が成果を生みました。

Taoは「長期的な意義についてはまだ判断が早い」と慎重な姿勢を見せつつも、Lichtmanは楽観的です。原始集合の問題群がクラスターとしてつながっているという直感がマルコフ連鎖手法で確認されたことで、同じアプローチで解ける問題がまだ残っている可能性があります。

23歳のアマチュアが何気なく入力した1つのプロンプトが、90年間の盲点を突き、60年来の予想を解き、さらに複数の未解決問題への突破口を開いた。数学とAIの関係が、新しい段階に入りつつあります。