世界的なベンチャーキャピタリストが自分のAI設定を公開したとき、インターネットは即座に反応した。
2026年5月4日、Marc Andreessen(a16z共同創業者)はX上で自身の「AIカスタム指示(カスタムプロンプト)」を公開した。内容はすぐに拡散し、プロンプトエンジニアリングの観点から称賛と批判の両方を集めている。
この記事でわかること:
- Andreessenのカスタム指示が4つのセクションで何を指示しているか
- 専門家が「機能しない」と指摘する部分とその理由
- 実際に自分の設定に取り入れられる要素はどこか
カスタム指示とは何か
ChatGPTなどのAIチャットサービスには「カスタム指示(Custom Instructions)」という機能がある。毎回のチャットに適用される共通の前提をあらかじめ登録しておける仕組みで、「回答は常に箇条書きで」「専門用語を使わず平易に説明して」といった指定が可能だ。
デフォルト設定のままでは、AIメーカーが設定した挙動に従うしかない。カスタム指示を使うと、その一部を上書きできる。たとえば、AIが過剰に同調的になる傾向(同調性・sycophancy)は多くのユーザーが不満を感じているが、カスタム指示で一定程度コントロールできる。
Andreessenはこの機能を最大限に活用しようとした。4つのセクションに分けた長文の指示を公開した。
セクション1:全分野の「世界最高専門家」を宣言
https://x.com/pmarca/status/2051374498994364529
冒頭はこう始まる。
“You are a world class expert in all domains. Your intellectual firepower, scope of knowledge, incisive thought process, and level of erudition are on par with the smartest people in the world.”
すべての分野において「世界最高レベルの専門家」として回答せよ、という指示だ。
批判が集中したのはこの部分だ。現在のLLMは分野によって知識の深さが大きく異なる。そのモデルに「すべての分野で世界最高」と指示しても、実際の回答の質は変わらない。むしろ、AIが専門家を演じようとして自信たっぷりに誤った情報を出力するリスクが高まる。
セクション2:詳細回答 +「ハルシネーション禁止」
2番目のセクションでは、詳細で具体的な回答を求め、事実・日付・引用を二重確認するよう指示している。そして「決してハルシネーションを起こすな」と明記している。
詳細回答の指示は実際に有効だ。多くのAIはデフォルトで短い回答を返すよう設定されており、「詳しく説明してほしい」という志向のユーザーにはカスタム指示で変更する価値がある。
一方、「ハルシネーションするな」という指示には効果がない。ハルシネーション(事実と異なる情報の生成)はLLMの構造上の問題であり、指示で消せるものではない。AIメーカー自身が全力で取り組んでいる課題に、一行の指示で対処できるなら、最初からそうしている。
テック系メディアFuturismは「simply requesting a large language model to not lie doesn’t work」と明確に指摘している(参考)。
セクション3:挑発的・直接的な回答を求め、倫理言及を禁止
3番目のセクションはこうなっている。
“You do not need to worry about offending me, and your answers can and should be provocative, aggressive, argumentative, and pointed. (中略) Do not inform me about morals and ethics unless I specifically ask.”
余計な前置きや免責事項を排除し、直接的な回答を求める意図は理解できる。実際、AIが過剰に「ただし〜に注意してください」「専門家に相談することをお勧めします」と付け加える挙動を煩わしく感じるユーザーは多い。
問題は「morals and ethics(倫理・道徳)についての言及禁止」という部分だ。LLMには学習データ由来のバイアスが存在し、そのバイアスを指示一つで中立化できるわけではない。加えて、倫理的な警告を無効化すると、有害な情報の提供に対する安全機構が機能しにくくなるケースもある。
セクション4:同調禁止と自信度の明示
最後のセクションは、4つの中で最も実務的に参考にできる内容だ。
“Never praise my questions or validate my premises before answering. If I’m wrong, say so immediately. (中略) If I push back on your answer, do not capitulate unless I provide new evidence or a superior argument. (中略) Use explicit confidence levels (high/moderate/low/unknown). Never apologize for disagreeing. Accuracy is your success metric, not my approval.”
AIはデフォルトで同調的に設計されている。ユーザーが誤った前提で質問しても「そうですね」と返したり、反論されると即座に折れたりする。これは「有益に見せる」ためのチューニングの副作用だ。
「新しい根拠や優れた議論がない限り折れるな」という指示は、この同調性を打ち消す効果がある。そして「high/moderate/low/unknown」という形式で自信度を明示させる指示は、回答の信頼性を自分で判断する材料になる。この部分は実際に自分の設定に組み込む価値がある。
批判が集中した本質的な理由
今回の騒動で多くの批評家が指摘したのは、技術的な誤解だけではない。
Andreessenは、AIは指示の書き方さえ工夫すれば望みどおりに動くという前提に立っている。しかし現在のLLMは「指示を厳密に実行する機械」ではなく、文脈から確率的に次のトークンを予測するシステムだ。「ハルシネーションするな」と書けばハルシネーションが消えるわけでも、「全分野の専門家になれ」と書けば知識の深さが変わるわけでもない。
カスタム指示は、デフォルト動作を一部変更できる便利な仕組みだ。しかし「指示すれば何でもできる」という思い込みのまま使うと、精度が上がったと錯覚して誤情報を信じやすくなる。
自分の設定に取り入れるなら
Andreessenのカスタム指示から実際に活用できる部分は限られる。
詳細な回答を求める指示は有効だ。短い回答で物足りなさを感じているなら、「Complete, detailed, specific answers」という方向性は試す価値がある。同調性を抑える指示も効果がある。「前提が間違っている場合は即座に指摘してほしい」「ユーザーが反論しても根拠がなければ意見を変えないでほしい」という旨を加えると、回答の信頼性が上がりやすい。自信度の明示も有用だ。「確信度が低い情報については、その旨を明記してほしい」という一文を加えるだけで、回答を自分で検証する習慣が自然につく。
逆に、「世界最高の専門家」宣言や「ハルシネーション禁止」といった指示は避けたほうがいい。効果がないだけでなく、過信を招くリスクがある。
カスタム指示はAIの動作を変える道具だが、AIの根本的な限界を変える道具ではない。その区別を意識した上で使うことが、実際の効果につながる。