ロボットの動きを現実に近づけるには、物理シミュレーションの精度が欠かせません。しかし従来のシミュレータは、シミュレーション上ではうまく動くのに実機に移すと失敗する「sim-to-realギャップ」という壁を抱えていました。Newtonは、この課題を正面から解決するために生まれたオープンソースの物理エンジンです。
この記事でわかること
- Newtonが解決するsim-to-realギャップの問題
- GPU加速と微分可能物理が訓練にもたらす変化
- MuJoCo Warpとの統合で何が速くなるのか
- Disney Researchが実際に動かしたロボットの事例
- インストールから動作確認までの手順
Newtonとは何か
https://github.com/newton-physics/newton
Newtonは、NVIDIA、Google DeepMind、Disney Researchが共同開発したGPU加速の物理シミュレーションエンジンです。ロボティクスの研究者やエンジニアが、仮想環境でロボットの制御アルゴリズムを安全かつ高速に訓練・検証できるよう設計されています。
Linux Foundationのプロジェクトとして運営されており、Apache 2.0ライセンスで公開されています。GitHubのスター数は4,600を超え、2026年4月にはv1.1.0がリリースされました。
なぜNewtonが必要なのか
ロボット開発では、実機で試行錯誤すると時間もコストもかかります。シミュレーションで訓練してから実機に移すのが一般的ですが、シミュレーションと現実の物理挙動のズレ(sim-to-realギャップ)が大きいと、仮想環境で学んだ動きが実機では再現できません。
既存のシミュレータでは、剛体力学や接触・摩擦の再現精度、GPU活用の効率、カスタムソルバーの追加しやすさに制約がありました。Newtonはこれらの問題を統合的に解決します。
5つの技術的な柱
GPU加速:NVIDIA Warpが基盤
Newtonの土台はNVIDIA Warpです。CUDA-XアクセラレーションライブラリであるWarpを使い、GPUの並列処理能力をフルに活用します。数千のシミュレーションを同時に実行でき、従来は数日かかっていた訓練を数分に短縮できます。低レベルのCUDAコードを書く必要はなく、Pythonから直接GPUの性能を引き出せます。
MuJoCo Warpとの統合
Google DeepMindが開発したMuJoCo(Multi-Joint dynamics with Contact)は、ロボティクス研究で広く使われている物理エンジンです。NewtonにはMuJoCo Warpが主要バックエンドとして統合されており、ヒューマノイドシミュレーションで70倍以上、ハンドマニピュレーションタスクで100倍の高速化を実現しています。既存のMuJoCoモデルやコードをそのまま活用できるため、移行コストも低く抑えられます。
微分可能物理
Newtonは微分可能(differentiable)な物理シミュレーションをサポートしています。シミュレーション結果の勾配を計算し、バックプロパゲーションでシステムパラメータを最適化できます。従来の強化学習に加えて、勾配ベースの最適化手法も使えるようになり、ロボットの動作パラメータをより効率的に調整できます。
OpenUSDによるデータ管理
ロボットとその周囲の環境を記述するデータフォーマットには、OpenUSDを採用しています。Pixarが開発し映画・ゲーム業界で使われてきた3Dデータ記述フレームワークで、ロボットの形状・関節構造・物理特性・環境情報を統一的に扱えます。異なるツール間でのデータ連携がスムーズになります。
拡張性
Newtonは単一のソルバーに縛られません。カスタムソルバー、積分器、数値計算手法を追加できるアーキテクチャです。食品や布などの変形する物体とロボットの相互作用をシミュレーションする場合も、MPM(Material Point Method)ソルバーと剛体力学ソルバーを組み合わせて使えます。
Disney Researchの実践例
Newtonの実力を最も象徴するのが、Disney Researchによる活用です。ディズニーのテーマパークで活躍するスター・ウォーズのBDXドロイドは、Newtonエンジンと独自サブシステム「Kamino」を使って訓練されました。
Kaminoは閉ループリンク機構やパッシブアクチュエーションなど、複雑なメカニズムを持つロボットのシミュレーションに対応しています。BDXドロイドの歩行、バランス、表情動作、衝突時のノイズ低減まで、すべてシミュレーション環境内の深層強化学習で習得しています。手作業のアニメーション制御は使われていません。
v1.1.0の主な更新内容
2026年4月15日にリリースされたv1.1.0では、実用面で大きな進展がありました。
暗黙的MPMソルバーの拡張では、新しい材料モデルやソルバーオプションが追加され、柔らかい物体のシミュレーション精度が向上しています。TetMeshアセットクラスが追加され、USD形式のボリュメトリック変形メッシュの読み込みにも対応しました。
レンダリング面ではGaussian Splatのサポート、PBRライティング、タイルカメラのテクスチャ対応が加わり、視覚的なシミュレーション品質も高まっています。接触センシングの摩擦集約やSDFのメモリ削減など、パフォーマンス改善も含まれます。
インストール手順
Python 3.10以上とNVIDIA GPU(Maxwellアーキテクチャ以降)があれば、pipで導入できます。macOSではCPUモードで動作します。
pip install "newton[examples]"
python -m newton.examples
この2行で、ペンデュラムやロボットアームなどのサンプルシミュレーションが動きます。Unitreeのヒューマノイドロボット(G1、H1)やANYmal四足歩行ロボットのシミュレーション例も用意されています。
NVIDIA Isaac Simとの違い
NVIDIAのロボット開発環境にはIsaac Simもあります。Isaac Simはロボットの視覚シミュレーション、合成データ生成、環境構築を得意とする包括的なプラットフォームです。対してNewtonは物理演算に特化した軽量なエンジンで、Isaac LabやMuJoCo Playgroundなどの学習フレームワークと組み合わせて使います。
用途に応じた使い分けが想定されており、競合関係ではなく補完関係にあります。
まとめ
Newtonは、ロボット物理シミュレーションの精度と速度を両立させるオープンソースエンジンです。NVIDIA、Google DeepMind、Disney Researchという異なる分野のトップ組織が共同開発し、Linux Foundationが運営する中立的なプロジェクトとして成長を続けています。GPU加速、微分可能物理、MuJoCo互換、OpenUSD対応という技術基盤は、ロボティクス研究から産業用ロボット開発まで幅広い用途をカバーします。ロボット開発に取り組む開発者は、まずサンプルを動かしてみることをおすすめします。