GoogleのAIが米国防総省の機密業務に使われる契約をめぐり、Android Platform SecurityのディレクターRené Mayrhofer氏が辞任しました。2018年のProject Maven反対運動以来、再び社内の価値観と経営判断が正面から衝突しています。

この記事では、辞任の背景にある国防契約の内容、従業員反対の規模、GoogleのAI倫理方針の変遷を整理します。

この記事でわかること

  • 2026年4月に成立したGoogleと国防総省の機密AI契約の概要
  • Mayrhofer氏が辞任に至った具体的な理由
  • 600名超の従業員が反対したオープンレターの論点
  • 2018年のAI原則とProject Mavenから今回の契約までの変化

国防総省との機密AI契約が何を意味するか

https://www.war.gov/News/Releases/Release/Article/4475177/classified-networks-ai-agreements/

2026年4月、米国防総省(Trump政権下で「War Department」と呼称)が、Googleを含む8社のAI企業と機密ネットワーク向けの契約を発表しました。GoogleのGeminiモデルは、Impact Level 6・7と呼ばれる最高機密レベルのネットワーク上で、軍事計画や情報分析などの「lawful operational use(合法的な作戦利用)」に使われます。

非機密向けのGenAI.milプラットフォームでは、すでに130万人超の国防総省関係者がGeminiを利用しており、国防長官Pete Hegseth氏は「米国の戦争の未来はAIだ」と述べています。今回の契約は、非機密利用から機密業務へ範囲を広げるものです。

契約文面には「any lawful government purpose(合法的な政府目的なら何でも)」という表現が含まれると複数の報道が伝えています。Google側は国内での大量監視や、人間の監督なき自律兵器への利用を禁じる条項を提案したものの、政府側の作戦判断をGoogleが拒否する権利は契約に含まれないと報じられています(参考)。

Googleの広報担当Kate Dreyer氏は、国家安全保障を支援する「広範なコンソーシアムの一員であることを誇りに思う」とコメントしつつ、「AIを国内大量監視や、適切な人間の監督なき自律兵器に使わない」という業界の合意を支持すると述べています。

Android幹部が辞任に至った理由

Mayrhofer氏は2017年からGoogleでAndroid Platform Securityのディレクターを務め、オーストリアのJohannes Kepler Universityの教授でもあります。2026年5月18日付の辞任メモ「Google Management Has Lost Its Moral Compass」で、辞任が「避けられない」と明言しました。

辞任の直接の理由は、Geminiの国防向け機密業務契約です。Mayrhofer氏は自分を平和主義者と称し、攻撃的戦争に関与する軍事向け仕事には携わらないと長年決めていたと書いています。さらに欧州の研究者として、「any lawful purpose」の枠組みがEU市民の大量監視に使われる恐れがあると指摘しました。

「Google management has quietly abandoned its goals to become carbon-neutral because of the AI model energy usage(Google経営陣はAIモデルのエネルギー消費を理由に、カーボンニュートラル目標を静かに放棄した)」という批判も辞任理由に含まれています。Mayrhofer氏は管理職チェーンの一員だったにもかかわらず、こうした方針転換が社内で議論されず決定されたと訴えています。

辞任後も2026年8月31日までは通知期間として在籍します。ただし、国防契約の対象となりうるAIシステム関連の業務からは直ちに距離を置くと述べています。

600名超が署名した従業員の反対運動

契約発表のタイミングで、Google DeepMindやCloudなどの部門から600名超の従業員が、CEO Sundar Pichai氏宛てのオープンレターに署名しました。ディレクター級20名超も名を連ねています。

レターは「AIを非人道的または極めて有害な方法で使わせないでほしい。自律致死兵器や大量監視がそれに含まれる」と訴え、機密ネットワーク上ではGoogleがAIの使われ方を監視できないため、機密業務そのものを拒否すべきだと主張しています(参考)。

Google DeepMindのシニア研究者Andreas Kirsch氏はXで「Googleが機密業務向けにAIモデルを提供する契約に署名したことに言葉を失った。正直、恥ずかしい」と投稿しました。TechSpotの報道によると、Mayrhofer氏自身も辞任レターの真正性を確認しています。

2018年のAI原則から今へ

GoogleのAI倫理論争は2018年のProject Mavenで始まりました。米国防総省のドローン映像分析プロジェクトへの参加に、数千名の従業員が反対し、Googleは契約を見送りました。同年、Sundar Pichai氏はAI原則を公開し、「人への傷害を主目的とする武器技術」や「国際法に反する監視技術」は追求しないと明記しました。

Mayrhofer氏は2018年の反対署名にも参加しています。彼が振り返る2017年当時のGoogleは、カーボンニュートラル目標を掲げ、Pentagon契約も従業員の声で撤回された時代でした。

その後、GoogleはJWCC(Joint Warfighting Cloud Capability)で90億ドル規模のクラウド契約の一角を獲得し、Geminiを国防向けGenAI.milに提供。Trump政権下ではAI原則から武器関連の記述が削除されたとも報じられています。今回の機密契約は、その流れの延長線上にあります。

テック業界全体に広がる軍事AIの論点

Googleだけの問題ではありません。OpenAIやxAIも国防総省と機密AI契約を結んでおり、Anthropicは利用制限を巡って国防総省からサプライチェーンリスク指定を受けたと報じられています。各社とも「合法的利用」の文言をめぐり、安全保障と倫理のバランスを模索しています。

Mayrhofer氏の辞任は、ディレクター級の幹部が公に立場を表明した極めて稀な事例です。多くの反対は社内にとどまりますが、今回のように辞任レターが公開されると、採用候補者や規制当局にも影響が及びます。

AIの軍事利用は今後も議論が続きます。契約の「lawful use」が実際にどう解釈されるか、企業が安全設定を政府要請で変更する条項がどう機能するかは、まだ検証段階です。Googleが2018年に示した原則をどこまで守れるのか、業界全体の行方を占う試金石になっています。