「自分の仕事をAIに再現された」——それでも、仕事はなくならない。そう語るのは、AIスタートアップYutoriでチーフオブスタッフを務めるクリスティ・エドルソン氏です。同社は「誰もが使えるAIチーフオブスタッフ」を目指しており、彼女はその製品を日々の業務で使い倒しています。
この記事では、非エンジニア唯一の社員がAIエージェントに何を任せ、何を自分で残しているのかを整理します。
この記事でわかること
- AIチーフオブスタッフが接続するツールと、実際に任せている業務
- メールやSlack下書きを承認制にしている理由
- ベンダー交渉前にエージェントへ聞く使い方
- 財務や戦略判断を人間側に残す判断基準
AIスタートアップが自社製品を「自分の仕事」で検証する
クリスティ・エドルソン氏は、サンフランシスコのAIエージェント企業Yutoriでチーフオブスタッフを務めています。同社は2024年にMetaのFAIR(Fundamental AI Research)出身の研究者らが設立し、2025年3月にRadical Ventures主導で1500万ドルのシード資金を調達しました。Web上の作業を代行するエージェントを開発しており、消費者向けアプリではDelegateやScoutsといった機能を提供しています。
エドルソン氏はMetaで10年間リクルーティングに携わった後、2025年春にYutoriへ入社しました。入社時点で社内唯一の非技術職で、日々の業務はオペレーション、財務、人事、コンプライアンス、ベンダーとの契約交渉など、創業者が手を回せない領域を幅広く担います。チーフオブスタッフ(最高補佐官)は、経営陣の右腕として雑務から戦略調整までを横断する役割で、文脈の切り替えが多いのが特徴です。
同社の製品コンセプトは「AIチーフオブスタッフ」そのものです。エドルソン氏はBusiness Insiderの取材で、自分の役割を再現するエージェントを使う皮肉を「好きだった」と語っています。ただし、エージェントは職務の一部を補助する存在であり、役割全体の代替ではないと述べています。難しいのは、自分の頭の中に残す情報と、エージェントに任せる作業の線引きだと強調しています。
メール・Slack・カレンダーを横断するAI補佐
エドルソン氏が使うAIチーフオブスタッフは、メール、Slack、タスク管理ツールのLinear、会議メモツールのGranola、カレンダーなど業務ツールと接続されています。各ツールの文脈を横断して取り込み、彼女が見落としたタスクを拾い上げます。カレンダーと照合して当日の予定も把握し、どの作業を手放すかを判断する材料を出します。
以前はタスクリストの項目をすべて自分で処理していました。今は「AIに渡せるものは渡し、より意味のある問題を探す時間を確保する」という考え方に切り替えています。そのため、任せた分だけ新しい課題を自分から見つける必要も出てきます。
朝のルーティンでは、音声モードで頭の中を整理する「ブレインダンプ」を行います。思考を順序立てずに話し掛けるだけで、エージェントが拾ってくれます。プロンプトを細かく設計しなくても動く点を評価しており、完璧な指示文を書く負担が減ると述べています。メールやSlackの下書き、オフィスグッズのデザイン案など、手作業に感じる作業は「エージェントに任せられないか」と試す対象です。
送信前の承認は必須です。エージェントがメールなどを下書きし、本人が内容を確認してから送ります。大きなミスはまだ起きていないものの、エージェントが起こしうる誤りを防ぐ安全弁として機能させています。
ベンダー交渉では「聞きたくない質問」をAIに先出し
エドルソン氏の仕事の中心のひとつは、モデル実行に必要なコンピュートや推論などのインフラベンダーとの交渉です。非技術職のため、社内メンバーに聞くと恥ずかしい内容もあります。
商談の約30分前に、エージェントへ「最新の状況は」「チームのこのツールへの評価は」と問いかけます。ツールの利用状況や、公開チャンネルでの議論も文脈として参照されます。チームに直接聞きにくい質問をエージェントと往復し、商談では必要な論点を押さえた状態で臨みます。結果として、ベンダーとの会話で意思決定のスピードを落とさず、交渉にも自信を持てると述べています。
財務と戦略は人間が握る——「500ドルは取り消せない」
一方で、エージェントに任せない領域もはっきりしています。財務関連の作業は現時点ではAIに渡していません。リスク回避の姿勢が理由のひとつです。悪いメールは迷惑で済み、謝れば収まるケースが多い一方、誤って500ドル使ってしまった支出は取り消せない、という比較で線引きを説明しています。財務は多くの人がAIの境界線とする分野だと感じているとも語っています。
戦略的な文書も、本人が書いたうえでエージェントにチェックさせるスタイルです。自分の頭の中に、進行中の案件全体の地図を保持したいからです。AIの処理速度が思考の追従を上回る場面もあり、情報を外部に任せつつも全体像を把握する方法を模索中だと述べています。
「自動化の終焉」より、仕事の拡張を実感
フル自動化や特定職種の消滅といった話題は多いものの、エドルソン氏の体験は別の方向を示しています。世界一忍耐強い家庭教師にアクセスできるようになり、仕事への自信が増したと語っています。AIエージェントは役割を丸ごと奪うのではなく、文脈切り替えの多い補佐業務を肩代わりし、人間は判断と信頼が必要な領域に集中できる——これが現場の実感です。
Yutoriの消費者向けアプリは、Starter(無料)、Essential(月20ドル)、Enhanced(月100ドル)のプランを提供しています。Delegateで日常業務を委任し、Scoutsで価格変動やニュースなどを継続監視する構成です。エドルソン氏の事例は、同社が標榜する「AIチーフオブスタッフ」が、エンジニア以外の現場でもどう機能するかを示す実例と言えます。
AIエージェントを導入する際の論点は、何ができるかより、何を任せるかです。メール下書きやベンダー事前調査は任せ、財務と戦略は人間が握る——この線引きが、非技術職の現場で再現しやすい判断基準になります。