廃棄寸前の電子顕微鏡を自宅工房で蘇らせ、さらに透過像まで撮れるようにした事例が話題になっています。専用の透過電子顕微鏡(TEM)は数千万円規模の投資が必要ですが、走査型電子顕微鏡(SEM)に自作アダプタを載せれば、試料内部のコントラストを低コストで得られる可能性があります。

この記事では、YouTubeのProjectsInFlight氏が廃棄予定のJEOL JSM-5200を復旧し、SEMを透過モード相当に使う改造をどう進めたかを整理します。改造の仕組み、試料条件、専用TEMとの差、安全面の注意点まで押さえられます。

この記事でわかること

  • SEMとTEMの原理の違いと、SEMを透過モードに寄せる発想
  • 自作アダプタの構成要素と、真空チャンバ内14mmという制約への対処
  • 金ナノ粒子・蚊の羽根での検証結果と、シールド改良の重要性
  • 専用TEMや市販アダプタと比べたときの限界

SEMは表面、TEMは内部を見る

SEMは試料表面を走査する一次電子ビームから飛び出す二次電子を検出し、凹凸や形態を高解像度で描きます。一方TEMは、試料を通過した一次電子を試料の反対側で受け取り、厚みや密度の違いを内部コントラストとして映し出します。表面像と内部像では、試料台の形状、検出器の位置、ビームの当て方が根本的に異なります。

課題は、SEMを持っていても内部構造は見えない点です。専用TEMを新規導入するのは予算的にも設置的にもハードルが高く、既存SEMを活かしたい需要は研究現場だけでなく個人の実験愛好家にもあります。

「STEM in SEM」という既存の発想

SEMを透過モードに近づける手法は、ProjectsInFlight氏の改造以前から知られています。透過電子を試料下のミラーで反射させ、SEM本来の二次電子検出器で拾う方式は、いわゆるSTEM in SEM(SEM内スキャン透過電子顕微鏡)として市販アダプタも存在します(参考)。

Hackadayの報道によると、市販品は予算申請をためらうほど高価な一方、構造はシンプルで自作も現実的だとされています。1987年の大保栄作らの研究以来、透過電子を二次電子に変換してSEM検出器で読むアイデアは繰り返し検証されており、イタリア・インスブリア大学の研究でも低加速電圧での透過像取得が報告されています(参考)。

廃棄寸前のJEOL JSM-5200を復旧してから改造

ProjectsInFlight氏は、1980年代末から1990年代初頭にかけて製造されたJEOL JSM-5200を廃棄予定の状態から引き取り、電源系の短絡、真空ポンプの故障、劣化したホースやシールなどを順に修理してSEMとして復旧しました(参考)。マニュアルと回路図が付属し、同機種を持つ愛好家コミュニティの助けもあったことが復旧の鍵です。

SEMが動いたあと、次の課題は内部構造の観察です。市販の透過アダプタは高価なため、氏は旋盤・フライス盤などの基本工作機械だけでアダプタを一から製作しました(参考)。

真空チャンバ内14mmが決定的な制約

改造で最初にぶつかったのは、試料ホルダーとチャンバ内の脆弱部品とのクリアランスです。標準ホルダーでは試料下の空間が約14mm(0.55インチ)しかなく、ミラーやシールドを収める余地がありませんでした。

対策は薄いアルミ板の試料プレートを新規加工し、縦方向の占有を減らすことです。一次電子を反射するミラー、表面から飛ぶ二次電子を遮る導電性シールド、角度調整機構を、アルミと真鍮から旋盤・フライス・タップ加工で組み立てています。

さらに、ミラー角度を真空引き後も調整できる機構を後付けしました。都度チャンバを大気に戻して再調整する手間を避けるための実装で、透過信号の最適化に直結します。

透過アダプタの動き

仕組みは次のとおりです。試料は電子が通り抜けるほど薄い状態でグリッド上に載せます。一次電子ビームは試料を透過し、下のミラーで反射された信号をSEM標準の二次電子検出器が拾います。試料表面から直接飛ぶ二次電子は、シールドで検出器に届かないよう遮断します。表面信号と透過信号を分離できなければ、透過像らしいコントラストは得られません。

専用TEMが試料背面に蛍光板やカメラを置く構成と比べ、SEM改造では既存検出器を流用する点が大きな違いです。装置本体の大規模改修を避けられる反面、ビームエネルギーはSEM並みの低加速電圧帯に留まります。研究用TEMが使う80〜300keVと比べると試料への透過深度は浅く、厚い試料はビームを遮ってしまいます。

検証:金ナノ粒子と蚊の羽根

最初の試料は金ナノ粒子でした。画像は出たものの、二次電子シールドの隙間から表面信号が漏れ、コントラストが不安定でした。シールドを上方へ延長して表面由来の信号を遮断したところ、透過像の品質が大きく改善しました。粒子は暗い点として現れ、電子が粒子を通過したことによるコントラストだと判断されています(参考)。

次に蚊の羽根を試料にしました。羽根の薄い領域は十分な透過電子を通し、内部の繊細な構造が見えます。厚い部位ほど電子が遮られ、素材の厚み分布も画像上で読み取れます。表面走査では見えにくい内部情報が、透過モードで初めて分離できた例です。

次の目標は生物学的細胞の観察ですが、細胞は試料作製の手間がさらに大きく、氏自身も準備の難しさを課題として挙げています。

専用TEMや市販品と比べたときの限界

この改造は「本物のTEMの代替」ではありません。専用TEMは電磁レンズのアライメント、像散補正、ビーム傾き制御など高度な光学系を備え、加速電圧も高いです。SEMベースの透過モードは、機械的な試料台調整と反復的なビーム調整に依存し、1試料あたりのセットアップ時間が長くなりがちです。

試料厚みの制約も厳しいです。低加速電圧では意味のある透過コントラストを得るには、試料を50nm以下に薄くする必要があると報じられています(参考)。フォーカスイオンビーム(FIB)による薄化や超薄片作製が現実的なルートです。密度の高い結晶や厚い試料は、SEMのビームエネルギーでは通過しません。

一方、低コストで内部コントラストを得たい場面では有用です。バイオコンファレンスで報告された自作STEMコンバータの評価では、30kVのタングステン灯SEMで銀ナノ粒子を観察した際、二次電子モードで判別できた最小粒子は75nm、STEMコンバータ使用時は25nmまで改善したとされています(参考)。解像度の絶対値は装置と試料に依存しますが、「表面像では足りない透過コントラストを、既存SEMに足す」という用途には筋が通ります。

安全面:改造は実験室基準を問い直す

電子ビーム装置は、試料やチャンバ壁での減速に伴う制動放射線(ブレムスストラールング)X線を常に発生させます。メーカー出荷時のSEMは遮蔽設計がなされていますが、透過検出用にチャンバへ穴を開けたり形状を変えたりすると、遮蔽の完整性が損なわれる恐れがあります。改造を真似る場合は、X線遮蔽と高電圧安全の確認が必須です。認定された実験室外での運用は、設計図の再検証なしに推奨できません。

低コスト顕微鏡改造が示すこと

廃棄予定のJEOL JSM-5200に14mmの空間制約のなかで透過アダプタを載せ、金ナノ粒子と蚊の羽根で内部コントラストを実証した事例は、研究機器の寿命とアクセスの話でもあります。専用TEMの性能には届きませんが、真空・高電圧・精密加工の知識があれば、既存SEMの用途を一段広げる道はすでに文献と市販品で示されています。試料作製と安全設計がボトルネックであり、装置を動かすこと以上に、そこに工数が集中する点を押さえておくと、改造の現実的な射程が見えやすくなります。