欧州委員会が、AWSとAzureをデジタル市場法(DMA)のゲートキーパーに指定する方向で予備的な調査結果を公表する見通しです。Bloombergの報道(参考)によれば、公表は2026年6月下旬にも行われる可能性があります。クラウド事業者の相互運用性義務やベンダーロックイン対策が、実務に直接影響する段階に入りました。
この記事では、EUのクラウド規制の最新動向と、開発者・事業者が押さえるべき論点を整理します。
- DMAのゲートキーパー指定がAWS・Azureに及ぶ背景
- 指定後に課される相互運用性・データアクセス・自己優遇禁止などの義務
- 罰則規模と、既存のData Actとの関係
- 欧州企業のクラウド移行やベンダー選定への実務的な影響
何が起きているか
2026年6月18日、Bloombergは関係者の話として、欧州委員会がAWSとAzureについて「ゲートキーパー指定の要件を満たす可能性が高い」とする予備的な調査結果を、早ければ翌週にも公表する見込みだと報じました。最終決定は2026年内、公式には2026年11月までを目標に進められています。
この動きは2025年11月18日に始まった市場調査の延長線上にあります。欧州委員会は同日、クラウド向けに3件の調査を開始しました。AWSとAzureをそれぞれ個別に調査する2件に加え、現行DMAの義務がクラウド市場の競争問題に十分対応できるかを検証する第3の調査です(欧州委員会)。
AWSとAzureは、売上高や利用者数といったDMAの定量的な基準値には該当しません。それでも「事業者と消費者の間の重要なゲートウェイ」として機能しているかどうかを、市場調査の枠組みで判断します。欧州委員会は、両社が事業者と消費者に対して「非常に強い地位」を占めると分析しています。
なぜ今、クラウドがDMAの射程に入ったのか
DMAは2022年から施行され、Alphabet、Amazon、Apple、ByteDance、Meta、Microsoftの6社をゲートキーパーに指定済みです。ただし、これまでの指定対象はアプリストアやメッセージングなどに限られ、クラウド基盤そのものは含まれていませんでした。
クラウド市場への規制拡大を後押しした背景には、インフラ集中のリスク認識があります。TNWの報道(参考)では、AWSの15時間に及ぶ障害がApple、McDonald’s、Epic Gamesの運用を止め、Azureの障害がAlaska Airlinesのチェックインやスコットランド議会の投票を妨げた事例が挙げられています。少数の巨大事業者への依存が、単なる技術課題ではなく政治・経済リスクになるという認識が広がっています。
競争当局の動きも重なります。EUobserverの分析(参考)によれば、日本、フランス、オランダ、OECD、英国の競争当局が、AWSとMicrosoftによるデータ・インフラ支配、相互運用性の不足、高い移行コスト、ロックイン効果を問題視してきました。Microsoftのソフトウェアライセンス条件については、英国CMAや米国FTCも調査を進めています。
指定されると何が変わるか
ゲートキーパーに指定されると、DMA第5条・第6条に基づく義務がAWSとAzureにも適用されます。具体的には、第三者サービスとの相互運用性確保、事業者が生成したデータへのアクセス権、自社サービスの不当な優遇禁止などが求められます。欧州委員会の第3の調査では、クラウド間の相互運用性障壁、データアクセスの制限、サービスの抱き合わせ販売、不均衡な契約条項も検証対象です。
違反時の制裁は厳しいです。初回は全世界売上高の最大10%、再犯は最大20%の罰金が科せられます。AppleとMetaはすでにそれぞれ5億ユーロと2億ユーロの制裁金を受けており、クラウド指定は米欧の規制対立をさらに激化させる可能性があります。
ただし、現行DMAの義務だけではクラウド市場の実態に届かない面も指摘されています。EUobserverは、第5条・第6条の多くが消費者向けサービス向けに設計されており、B2Bのクラウド市場特有の相互運用性不足や抱き合わせ販売には不十分だと分析しています。第3の調査の最終報告は2027年5月を目標としており、クラウド向けのDMA改正案が出る可能性があります。ゲートキーパー指定後も6か月のコンプライアンス期間があり、クラウド特化の救済策が実効するのは2028年以降になる見通しです。
Data Actとの二重規制
DMAとは別に、EU Data Act(規則2023/2854)は2025年9月12日から全面適用されています。IaaS、PaaS、SaaSを対象に、プロバイダー間の移行手続きの整備やロックイン障壁の撤廃を義務づけます。データ移行時の出口料金(egress fee)は2027年1月までに段階的に廃止される方向です。
DMAは巨大プラットフォームへの追加義務、Data Actはクラウド市場全体への共通ルールという分担になります。事業者は、移行コストの透明化と相互運用性要求の両方を前提に、契約見直しやマルチクラウド設計を検討する必要があります。
開発者・事業者への実務的な影響
欧州のクラウドインフラ売上の約7割を米国のハイパースケーラーが占めるという試算も報じられています(参考)。相互運用性義務が強化されれば、OVHcloud、Hetzner、Scalewayなど欧州事業者へのワークロード移行ハードルが下がる可能性があります。
開発現場では、プロプライエタリAPIへの依存度、データエクスポート形式、ライセンス条項の縛りが移行コストを左右します。KubernetesやTerraformなどオープン標準を中心に据え、ベンダー固有機能への依存を局所化しておく設計が、規制強化後も選択肢を残すうえで有効です。
AWSは2025年11月、調査開始時に「クラウド市場は非常にダイナミックで、ゲートキーパー指定はイノベーションを阻害し欧州企業のコストを押し上げるリスクがある」とコメントしていました(The Register)。MicrosoftとAWSはBloomberg報道時点でコメントを控え、欧州委員会も公表時期を公式確認していません。
今後の見通し
2026年6月下旬の予備結果公表、2026年11月までの最終判断、指定後6か月のコンプライアンス期間、2027年5月の第3調査報告——このタイムラインを前提に、クラウド契約の更新時期や移行計画の見直しを早めに進める価値があります。規制の本丸は「巨大事業者への制裁」ではなく、移行コストの低減と競争環境の改善です。ロックインを前提に組んだアーキテクチャほど、今後の欧州規制で見直しコストが膨らみます。