研究の各工程をバラバラのツールで回す負担を、1つのワークベンチにまとめたOSSが登場しました。
2026年7月5日、Y Combinator Winter 2026バッチのSynthetic Sciencesが、オープンソースの研究支援ツール「OpenScience」を公開しました。文献調査から仮説立案、コード実行、実験、執筆までを1セッションで回す設計で、AnthropicのClaude Scienceに対するオープンな代替として位置づけられています。
この記事では、OpenScienceの概要、主な機能、導入方法、既存ツールとの違いを整理します。
この記事でわかること
- OpenScienceが解決する研究ワークフローの課題
- モデル非依存設計と290超の研究スキルの中身
- インストール手順とAPIキーの扱い
- Claude ScienceやAtlasとの関係
https://github.com/synthetic-sciences/openscience
研究ループが分断されるのがボトルネック
科学的研究は、論文を読む、仮説を立てる、コードを書く、実験を走らせる、結果を分析する、論文を書く、という工程の連鎖です。各ステップで文脈を引き継ぐ必要がある一方、文献検索ツール、Jupyter、実験管理、執筆環境は別々に動くことが多く、状態の再構築に時間がかかります。
Synthetic Sciencesの共同創業者は、Y Combinatorのローンチ記事で「研究は文脈依存の長い連鎖なのに、ツールは各工程を孤立させている」と指摘しています(参考)。数学分野ではAI活用の評価が進んでいる一方、機械学習、計算生物学、プロテオミクスなどではツール整備が追いついていない、という課題認識も示されています。
OpenScienceは、この分断を1つのブラウザワークベンチでつなぐことを目指しています。目標を渡すと、エージェントが文献を読み、仮説を組み立て、コードを書いて実行し、主要な科学データベースを問い合わせ、結果をまとめる流れを担います。
OpenScienceの全体像
OpenScienceは、Synthetic SciencesがApache License 2.0で公開したCLI型の研究用AIワークベンチです。ローカルサーバーがワークスペースUI、エージェント実行環境、ツール層をホストし、ブラウザから操作します。npmパッケージ名は@synsci/openscience、コマンドはopenscienceです。
公式READMEでは、Anthropic、OpenAI、Googleをはじめ数十のプロバイダーのフロンティアモデルやオープンウェイトモデルに、自分のAPIキーで接続できると説明されています。アカウント登録は不要で、キーはローカルに保持され、リクエストはプロバイダーへ直接送られます。
リポジトリは2026年7月3日に作成され、公開から数日でスター数は300件超に達しています。2026年7月6日時点の最新リリースはv1.2.7で、Linux・macOS・Windows向けのネイティブバイナリもGitHub Releasesから入手できます。
モデルを1つのフラグで切り替える設計
OpenScienceの訴求点のひとつが、モデル非依存(model-agnostic)設計です。Synthetic Sciencesの公開ポストでは、GLM、Kimi、DeepSeek、Claude、GPT、自前のファインチューンモデルなど任意のモデルを「1つのフラグ」で切り替えられると紹介されています。
技術的には、リクエストごとにモデルをルーティングする方式です。ワークスペースのモデルセレクターから選ぶほか、CLIでは--variant high|max|minimalで推論の深さを指定できます。ローカルモデルへ切り替えても、他の設定を変えずに使い続けられる点がREADMEで強調されています。
Bring Your Own Key(BYOK)の利用は無料で、ゲートされないと明記されています。Anthropic、OpenAI、Googleの各キーに加え、openscience keys addやCredentialsパネルからキーを登録できます。デモ用の無料モデルで試してから本番キーに切り替える導線も用意されています。
290超の研究スキルと専門エージェント
OpenScienceは、エージェントが呼び出す「スキル」を大量に同梱しています。公式ドキュメントでは290超と数えられ、機械学習の学習(DeepSpeed、PEFT、TRL)、評価、データセット操作、分子・臨床生物学、化学情報学(cheminformatics)、論文・LaTeX、図表作成、ModalやTinkerなどのクラウド計算までをカバーします。
スキルは読み取り・編集・拡張可能で、Synthetic Sciencesの公開ポストでも「すべて読める、編集できる、拡張できる」と謳われています。MCP(Model Context Protocol)サーバー、LSP連携、プラグイン、カスタムエージェントとコマンド、TypeScript SDKによる拡張にも対応します。
エージェント構成は次のとおりです。
- デフォルトの
researchエージェント - 分野特化の
biology、physics、mlエージェント - 批評用・文献レビュー用のサブエージェント
- 読み取り専用のプランモード
計算生物学では、Synthetic SciencesはBixBench Verifiedで生物学モードが92%を達成したと報告しています(参考)。同社はML研究での検証を中心に進めつつ、分野横断への展開を進めていると述べています。
科学データベースをエージェントのツールにする
文献や化合物データへのアクセスも、エージェントが直接呼び出すツールとして組み込まれています。UniProt、PDB、Ensembl、ChEMBL、PubChem、arXiv、OpenAlex、Semantic Scholarなど、およそ30以上のデータベースが対象です。
たとえば生物学のユースケースでは、biologyエージェントがUniProtとPDBを問い合わせ、タンパク質構造をワークスペース内に描画し、変異候補を提案する、といった流れが公式ドキュメントに例示されています。化学情報学ではChEMBLとPubChemから生物活性データを取得する、という使い方も示されています。
ワークスペースUIにはファイルツリー、エディタ、ターミナル、セッション履歴があり、分子・ゲノム・プロットをインライン表示できます。セッションや成果物はディスクに保存され、リンクで共有可能です。
導入手順
グローバルインストールは次の1行です。
npm install -g @synsci/openscience
openscience
インストールを避けたい場合はnpx synsciでも同じワークスペースが起動します。初回起動時に、Atlasの管理モデル、自分のプロバイダーキー、デモモデルのいずれかを選ぶセットアップが走ります。
APIキーを環境変数で渡す例は次のとおりです。
export ANTHROPIC_API_KEY=sk-ant-...
openscience
特定プロジェクトを開く場合はopenscience ~/code/my-projectのようにパスを指定します。設定ファイルは~/.config/openscience/openscience.jsonに置かれ、プロジェクト直下のopenscience.jsonや.openscience/ディレクトリでも上書きできます。
Atlasとの関係と料金の考え方
https://app.syntheticsciences.ai
AtlasはSynthetic Sciencesのマネージドプラットフォームで、プリペイドウォレットから課金されるモデル群、研究グラフの永続化、クラウド計算を提供します。openscience loginでAtlasアカウントと接続し、openscience walletで残高を確認できます。
OpenScienceはAtlasと連携できますが、Atlasは必須ではありません。BYOK利用は常に無料で、Atlasが課金するのはAtlas経由のモデル利用に限られます。チームで仮説・実行・判断の履歴を監査可能な形で残したい場合にAtlas連携の価値が出ます。
Claude Scienceとの違い
2026年6月下旬にAnthropicがClaude Scienceを発表した流れの中で、OpenScienceはオープンソースの代替として注目されています。README末尾には、OpenScienceはAnthropicと無関係であり、「Claude」は互換性説明のための商標であると明記されています。
主な差分は次の3点に集約されます。
- ライセンスとコードの公開範囲(Apache 2.0でエージェントループ・スキル・DBツール・ワークスペースがすべて公開)
- モデル選択の自由度(複数プロバイダーとローカルモデルをリクエスト単位で切替)
- インフラの持ち方(自前マシンで動かし、キーをローカル保持)
Closedな研究AIに比べ、スキルやエージェント定義を自分で改変できる点が、再現性やカスタマイズを重視する研究室にとっての利点です。
v1.2.7で入った変更と注意点
2026年7月6日のv1.2.7では、Atlasグラフ初期化スキルの読み込み不具合が修正され、ワークスペースのタイポグラフィ調整、ランディングページのJSON-LD追加、changelogやスキルリファレンスの整備が行われています。v1.2.6では統合ステータス表示、ウォレット設定パネル、ブラウザからのAtlasログイン、実験的レビューゲートなどが追加されています。
セキュリティ面では、エージェントはサンドボックス化されていない点に注意が必要です。権限システムは操作の可視化には役立ちますが、隔離の境界にはなりません。隔離が必要ならコンテナやVM内での実行が推奨されています。プロバイダーキーはサブプロセス環境から除外され、出力からもマスクされる設計です。
どんな人に向いているか
OpenScienceは、文献から実験・執筆までを1つのセッションで回したい研究者や、複数モデルを使い分けながらML・生物学・化学のコードを書きたいエンジニアに向いています。OSSとして中身を読めるため、研究室独自のスキルやMCP連携を足してワークフローを固定化する用途にも合います。
一方、すぐにマネージド環境だけで完結したい場合はAtlas側の評価も並行して検討する価値があります。まずはnpx synsciでデモモデルを試し、必要な分野のスキルとDB連携が揃っているか確認してから、本番キーやAtlas接続に進むのが現実的です。