米国の最先端AIを封じ込めようとする動きの真っ只中で、中国発のモデルが脆弱性発見で同等水準に達したという報告が相次いでいます。
この記事では、智譜AI(Z.ai)のGLM-5.2と360の屠龍鋒(Tulongfeng)がどのベンチマークで評価され、米中のAI規制とどう絡むのかを整理します。
この記事でわかること
- GLM-5.2がSemgrepの脆弱性検出テストでClaude Codeを上回った具体的な数値
- 360が発表した屠龍鋒の位置づけと主張内容
- 米国の輸出規制と中国のオープンウェイト戦略がもたらす影響
何が起きたか
2026年6月、中国のAI企業がサイバーセキュリティ分野で米国勢に迫ったという報道が相次ぎました。Wall Street Journalを引用したYahoo Newsの記事によれば、智譜AI(Z.ai、旧Zhipu AI)が6月に公開したGLM-5.2は、Anthropicのサイバー特化モデルMythosと同等のバグ発見能力を示す場面があると、セキュリティ研究者が指摘しています。
同じ週、中国のサイバーセキュリティ大手360は、北京で開催されたISC.AI 2026で屠龍鋒(Tulongfeng)を発表しました。創業者の周鴻禕氏は、これを「中国版Mythos」と位置づけ、ソフトウェアの脆弱性を自動で見つけるツールだと説明しています(参考)。
米中のサイバーAI競争の背景
AnthropicのMythosは、ソフトウェアの脆弱性を検出するためのAIシステムです。2026年4月にプレビュー公開され、攻撃側にも転用できる懸念から、米政府はAnthropicに対し強力版の輸出停止を命じました。OpenAIも同月、最新モデルGPT-5.6へのアクセスを制限すると発表しています。
一方、中国側は「サイバー攻防の強力な武器を他国だけが持つわけにはいかない」と周氏は述べ、米国組織が先端AIで中国の重要ネットワークをスキャンできる一方、中国企業に同等の能力がなければリスクが大きいと主張しています。
サイバーセキュリティ企業7AIのCEO、Lior Div氏はWall Street Journalに対し「中国は差をどんどん縮めている」と語っています。AIが脆弱性を見つける力が高まるほど、ハッカーより先にパッチを当てる競争が激化し、研究者の間では「バグメガドン(bugmageddon)」という言葉まで出ています。
GLM-5.2が示したベンチマーク結果
GLM-5.2は2026年6月16日に公開された、7440億パラメータのMixture-of-Experts型モデルです。100万トークンのコンテキストとMITライセンスが特徴で、誰でもダウンロードして自社ハードウェアで動かせます。クラウドAPI経由の利用制限がない点は、AnthropicやOpenAIのクローズドモデルと対照的です。
脆弱性検出の評価では、セキュリティ企業Semgrepのテストが広く引用されています。SemgrepはIDOR(Insecure Direct Object Reference、不正なオブジェクト参照)という、権限チェックの欠落によって他ユーザーのデータにアクセスできてしまう脆弱性の検出を測定しました。推論が必要なタスクであり、危険な関数を見つけるだけでは不十分です。
Semgrepの結果では、素のプロンプトだけで動かしたGLM-5.2がF1スコア39%を記録し、Claude Code(Opus 4.8ベース)の32%を上回りました。1件あたりの検出コストは約0.17ドルで、フロンティアモデルの約6分の1と報じられています(参考)。
ただし、Semgrep自身の専用パイプラインはGPT-5.5やOpus 4.8を組み込んだハーネスで53〜61%のF1を出しており、ツール設計の重要性も示されています。セキュリティ分析企業GraphistryのCyBT-CTFベンチマークでは、GLM-5.2がOpus 4.8と同程度のスコアを記録したと報告されています。
AIモデル配信プラットフォームOpenRouterによれば、GLM-5.2は400以上のモデルの中で利用量トップ10に入っています。VercelのCEO、Guillermo Rauch氏はXで「GLM 5.2のコーディング能力に本当に驚いた。状況が変わる」と投稿しています。
追加のプロンプトを与えれば、Opus 4.8とGLM-5.2の両方がMythosに匹敵するバグ発見ができるという研究結果も報じられています。GLM-5.2はコーディング全般ではOpus 4.8に及ばない場面もあり、Z.aiの公式ベンチマークではSWE-Marathonで13.0対26.0と差が開いています。「サイバー分野の一部タスクで追いついた」というのが、現時点での正確な評価です。
360の屠龍鋒が狙う領域
360は屠龍鋒と、サイバー防御・インシデント対応を自動化する倚天針(Yitianzhen)を合わせて「倚天屠龍」と名付けました。周氏は基盤AIの能力に米国モデルとの20〜30%の差があると認めつつ、脆弱性データベースや自動化ツールを組み合わせるエージェント型アプローチでMythos相当の能力を実現したと主張しています。
同社によれば、屠龍鋒は3432件のソフトウェア脆弱性を発見し、そのうち105件が中国当局によって確認されたとのことです。Reutersはこの数字を独自に検証できなかったと報じています。中国では発見した脆弱性を48時間以内に政府へ報告する義務があり、ベンダーへの開示より先に当局へ届く運用が問題視されています。
米国の規制と業界の反応
米政府はAnthropicの汎用モデルの一部を2週間以上オフラインにし、外国の個人・法人の利用を禁止する方針を示しました。その後、関連モデルMythos 5への限定アクセスが一部ユーザーに回復したと報じられています。
輸出規制に携わった経験があるSaif Khan氏(Institute for Progress)は、「Fableを禁止しながら中国が自前版を開発するのに必要なチップを売るのは、中国への贈り物だ」と批判しています。米国はMythosを最大限活用してサイバー防御を強化すべきだと指摘しています。
一方、GoogleやStripeでセキュリティチームを率いた経験があるNiels Provos氏は、先端モデルへのアクセス制限が「世界中の企業に安価で高性能な中国のオープンウェイトモデルを使わせ、米国のAI産業を弱体化させている」と懸念を示しています。DeepSeekや智譜AIのモデルが米国企業に広がっていることへの規制不足も、批判の対象になっています。
開発者とセキュリティ担当が押さえるべき点
GLM-5.2のようなオープンウェイトモデルは、自社環境で動かせる一方、攻撃者も同じ能力を手に入れられます。ログがクラウドに残らないローカル実行は、防御側の監視を難しくします。
防御側にとっては、低コストで大規模コードベースをスキャンできる選択肢が増えた点は実用的です。Semgrepの分析が示すとおり、モデル単体の性能よりハーネス設計への投資が検出率を大きく左右します。発見した脆弱性を素早く修正する体制づくりが、攻撃者のAI活用に対する現実的な対策です。
米中の規制の行き違いは、単一の「最強モデル」争いではなく、誰がどの能力をどの条件で使えるかの争いに変わりつつあります。GLM-5.2と屠龍鋒の登場は、その変化を測る目安として注目に値します。