「2025年11月以降、一行もコードを手で書いていない」——Claude Codeを生み出したAnthropicのBoris Chernyが、24分の講演でこう語った。この発言は誇張ではなく、彼が毎日10〜30件のプルリクエストを出し続けている事実とセットで語られている。

この記事では、ChernyがAI Ascent 2026で語った開発スタイルの中身と、ソフトウェア開発がどこへ向かっているかを整理する。

この記事でわかること

  • Claude Codeが「偶然」から始まった経緯
  • Chernyがコードを書かずに開発を回す具体的な仕組み
  • 「コーディングは解決済み」と言える根拠と限界
  • 開発者の役割が「実装」から「オーケストレーション」へ移る理由

https://www.anthropic.com/product/claude-code

「11月以降、手でコードを書いていない」とは何を意味するか

2026年5月、Sequoia Capitalのポッドキャスト「Training Data」に収録された24分の講演で、Chernyは自身の開発スタイルを赤裸々に語った。講演はAI Ascent 2026のステージで行われ、会場の聴衆の多くがClaude Codeを日常的に使っている層だった。

Chernyの発言の核心は、コーディング作業そのものをAIエージェントに任せ切っている点にある。2025年10〜11月頃から、彼のコードは100% Claude Codeが生成している。手で一行も編集していない。それでも1日あたり数十件のPRを出し続けており、先週は150件を1日で出したという記録もある。

ここでいう「コードを書かない」とは、開発をやめたという意味ではない。Chernyは目標を設定し、複数のエージェントセッションにタスクを振り分け、結果をレビューする。実装の手作業だけが消えた。

偶然から生まれたClaude Code

Claude Codeの誕生自体が、計画的なプロダクト開発とは無縁だった。Chernyは2024年後半にAnthropic Labsという社内インキュベーターに参加し、「プロダクトオーバーハング」——モデルができることに対して、製品が追いついていない状態——を埋めるプロトタイプ作りに取り組んだ。

最初の試作は、ターミナル上でClaude APIを呼び出すCLIツールだった。ファイルシステムとbashへのアクセスを与えたところ、モデルが自らファイルを読み、依存関係を辿り、コードベースを探索するようになった。Chernyは翌日チームに共有したが、翌日にはすでに社内で使われていた。

公開は2025年2月。最初の6ヶ月は使い物にならず、Cherny自身もコードの10%程度しかClaude Codeに任せていなかった。転換点はOpus 4のリリースだった。以降、4.5、4.6、4.7とモデルが更新されるたびに成長曲線が急上昇した。

技術スタックはTypeScriptとReactに絞られた。これはモデルの学習データに多く含まれる「オンディストリビューション」な構成を選んだためだ。Pragmatic Engineerの取材によると、Claude Codeのコードベースの約90%はClaude Code自身が書いている。

スマホから数百のエージェントを動かす開発スタイル

Chernyの現在のワークフローは、6ヶ月前にTwitterで公開したものから大きく変わっている。最大の変化は、作業の主戦場がPCのターミナルからスマホのClaudeアプリに移ったことだ。

普段は5〜10のセッションを並列で走らせ、各セッションに複数のサブエージェントを配置する。日中は数百のエージェントが稼働し、夜間には数千のエージェントがより深い作業を行う。Chernyが最も重視しているのは/loop機能だ。これはClaude Code内でcron式のスケジュールを設定し、繰り返しタスクを自動実行する仕組みだ。

具体的なループの例は次のとおりだ。PRのCI監視と自動リベース、フレーキーテストの自動修正、Twitterからのフィードバックを30分ごとに取得してクラスタリングする。Chernyは「ループこそが未来だ」と語り、サーバー側で動き続ける「Routines」機能の公開も紹介した。

Addy Osmaniのブログでも紹介されているが、Chernyは「もうClaudeにプロンプトを打たない。ループがClaudeにプロンプトを打つ。自分の仕事はループを書くことだ」と述べている。プロンプトエンジニアリングからループエンジニアリングへの移行が、Anthropic内部の最先端スタイルとして形になっている。

「コーディングは解決済み」と言える根拠

Chernyが「コーディングは解決済み」と語るとき、それはすべてのソフトウェア開発を指すわけではない。TypeScriptとReactで構成された、モデルが十分に学習したフレームワーク上の開発——いわゆるオンディストリビューションなコードベース——に限った話だ。

講演の会場で「100%手でコードを書いている人」を挙手させると、少数の手が上がった。「100%エージェントに任せている人」では、会場の過半数が手を挙げた。Chernyは「50%解決済み」とも表現し、自分にとっては100%だが、大規模で特殊な言語を使うコードベースではまだ途上にあると認めている。

外部データもこの傾向を裏付ける。SemiAnalysisの調査では、公開GitHubリポジトリのコミットの約4%がClaude Codeによって作成されており、年末には20%に達する見通しだと報告されている。MIT Technology Reviewの取材では、2026年5月のCode with Claudeイベントで、会場の約半数が「先週Claudeが完全に書いたPRを出した」と挙手し、「コードを読まずに出した」場合でも多くの手が上がった。

Anthropic公式サイトでも、同社のエンジニアの大多数がClaude Codeでコードを書いており、エンジニアの役割はアーキテクチャ設計、プロダクト思考、複数エージェントのオーケストレーションに移っていると説明されている。

開発者以外もソフトウェアを作れる時代

Chernyは印刷機の発明に例えて、ソフトウェア開発の民主化を語った。かつて数十人のエンジニアが必要だったプロダクトが、少数のジェネラリストで回せる時代が来ている、という見方だ。

Anthropic内でも、エンジニア以外がClaude Codeを使い始めている。データサイエンティストがクエリ生成に使い、PMやデザイナーがプロトタイプを作る。Claude Codeチームでは、エンジニアリングマネージャー、PM、デザイナー、財務担当まで全員がコードを書いているという。

Chernyは「今が最もビルドに適した時代だ」と締めくくった。ただし同時に、能力の進歩が安全性を上回る場合はプロダクト開発を遅らせる観点も示している。STATION Fでの講演でも、安全性への懸念がAnthropicの最優先事項であることを繰り返し強調した。

読者が取るべき視点

「コードを書かない開発者」という言葉は刺激的だが、実態は「実装の自動化」だ。Chernyの事例が示すのは、開発ツールの使い方がプロンプトの1回打ちから、ループ設計とエージェント管理へ移っているという構造変化だ。

Claude Codeのようなエージェンティックコーディングツールは、コード補完の延長線上にあるのではない。プロジェクト全体を読み、複数ファイルにまたがる変更を計画し、テストを実行し、失敗から学習する——その一連のループを自律的に回すシステムだ。

開発者であれば、Chernyの/loop活用や並列セッション管理は明日から試せる領域だ。非エンジニアであれば、自然言語でゴールを伝えて動くソフトウェアを得る入口が、初めて現実のものになったと言える。