「ChatGPTがネットショッピングを変える」——そう言われてから2年、実際の売上データはどう見えているのでしょうか。
この記事では、フランクフルト・スクールとハンブルク大学の共同研究が示したChatGPT経由のECトラフィックの実態と、OpenAIが進めるショッピング機能の現在地を整理します。
この記事でわかること
- ChatGPT経由の訪問が全体の0.2%未満にとどまる理由
- 複雑な商品カテゴリで成果が出やすい条件
- Instant Checkout終了後のOpenAIの新方針
- EC事業者が今取るべき対応の考え方
ChatGPTは「Googleキラー」ではなかった
2024年8月、ChatGPTの回答にクリック可能な購入リンクが追加され、AI経由でECサイトへ送客する新チャネルが生まれました。研究者はこの流入をoLLM(organic Large Language Model traffic)と呼び、従来のデジタルマーケティングと同じ物差しで比較しました。
Marketing Scienceに掲載された論文「ChatGPT Referrals to E-Commerce Websites: How Do LLMs Compare Against Traditional Channels?」(Kaiser & Schulze, 2026)では、年間売上合計200億ドル超のECサイト973件、2024年8月から2025年7月の12か月分のファーストパーティデータを分析しています。ChatGPT経由の購入は5万件超、従来チャネルは1億6400万件超。規模の差は歴然です。
結論は明快です。oLLMの訪問は全体の0.2%未満にとどまり、LLM経由セッションの90%超はChatGPTが占めます。PerplexityやGeminiなど他のAI検索は、現時点ではEC送客への寄与が極めて小さいのです。
数値で見る「使える場面」と「使えない場面」
全チャネル比較ではまだ下位
サイト特性や季節変動を補正したうえでの比較では、oLLMのコンバージョン率(CVR)とセッションあたり売上は、有料ソーシャル広告だけ上回り、オーガニック検索・有料検索・メール・アフィリエイトなど他の主要チャネルには及びません。アフィリエイトのCVRはoLLMより約86%高く、オーガニック検索は約13%高いという結果です。
一方、直帰率は低く、リンクの関連性自体は高いと読めます。購入に至る割合がまだ伸び切っていない、というのが実態です。
複雑な商品ほどChatGPTの価値が上がる
商品の複雑さで結果は大きく変わります。車両、金融、ビジネスサービスなど比較検討に時間がかかるカテゴリでは、oLLMのトラフィックシェアは単純商品サイトの約4.6倍になります。こうしたサイトでは、oLLMのCVRが有料ソーシャル・リファラル・メール・オーガニック検索・ダイレクトの5チャネルを上回り、セッションあたり売上もオーガニック検索や有料検索に近づきます。
研究者のChristian Schulze教授は、単純な買い物ではChatGPTの価値は限定的だが、選択肢の整理や代替品の比較が必要な場面では情報を構造化し、意思決定を支える力があると述べています。日用品のリピート購入より、初めて検討する高関与商品のほうが、現時点でChatGPTと相性がよいのです。
改善は続いているが、規模はまだ小さい
時系列を見ると、ChatGPT経由のCVRは着実に上昇しています。ただし平均注文単価(AOV)は低下傾向にあり、購入件数は増えても1回あたりの金額は小さくなる傾向です。セッションあたり売上の伸びは緩やかで、「急成長チャネル」というより「学習が進むニッチチャネル」という位置づけに近い状態が続いています。
OpenAIの方針転換が示す限界
研究の観測期間終了後、OpenAIはショッピング周りで大きな方針転換を進めています。2025年にEtsyやShopifyと連携して始まったInstant Checkout——チャット内でそのまま決済する機能——は縮小方向にあり、公式マーチャントページでは「スタンドアロンのInstant Checkoutから離れ、発見体験と事業者側のチェックアウトを優先する」と明記されています。
現在の流れは、ChatGPT内で商品を発見・比輡し、購入は事業者のサイトやアプリで完了する形です。事業者サイト経由の購入に手数料はかかりません。基盤にはOpenAIとStripeが共同開発したAgentic Commerce Protocol(ACP)があり、商品フィードの共有とレコメンド精度の向上を支えています。ショッピング機能は現時点で米国のChatGPTユーザー向けに提供されており、地域拡大はこれからです。
Etsyの広報担当者は、ChatGPTが発見チャネルとして価値を持つ一方、Instant Checkout経由の購入量は技術がまだ初期段階のため相対的に少なかったと認めています。プラットフォーム側も「決済の主導権」と「商品情報の鮮度」を課題として認識し、チャネル設計を見直している状況です。
EC事業者が今やるべきこと
研究が示す実務的な指針は、商品の性質によって分かれます。
単純・低関与商品を扱う事業者では、oLLMを下流の主力チャネルに置く必要はありません。アフィリエイトや検索広告など実績のあるチャネルから予算を移す根拠は、現データにはありません。ただし、消費者がChatGPTで調べたあと別チャネルで購入する行動——いわゆるラストクリックでは拾えない上流の影響——は、この研究の計測範囲外です。完全に無視する理由にはなりません。
複雑・高関与商品を扱う事業者では、oLLMをオーガニック検索や有料検索の補完として積極的に扱う価値があります。商品情報をAIが引用しやすい形式で整備し、ChatGPT経由の流入をアナリティクスで個別に追跡することが出発点です。現時点では無料のオーガニック流入ですが、OpenAIが広告フォーマットを導入しつつある点は、中長期のコスト構造に影響し得ます。
ShopifyやEtsyの販売者はカタログ連携が済んでおり、追加申請なしでChatGPTの検索結果に載る可能性があります。自社ECを運営する事業者は、OpenAIのマーチャント向けページから商品フィードの提供を申請できます。
研究データが伝える現実
ChatGPTはECの全チャネルを置き換える段階にはありません。全体の0.2%未満というシェア、有料ソーシャル以外の主要チャネルに及ばないCVR——数字は「過大評価」を否定します。
同時に、複雑な購買判断ではすでに成果が出ており、CVRは時間とともに改善しています。OpenAIも決済の内製化から商品発見と事業者主導のチェックアウトへ舵を切り、チャネルの役割を「購入の最終地点」から「比較検討の入口」へ再定義しつつあります。
EC担当者にとっての実務的な問いは、「ChatGPTはすでに革命を起こしたか」ではなく、「自社の商品は複雑さの高いカテゴリに属するか」です。後者に当てはまるなら、今からoLLM向けの情報設計と計測を始める価値があります。単純商品中心の事業であれば、既存チャネルの最適化を優先し、動向のウォッチに留める判断がデータと整合します。
