AIアシスタントはメールやカレンダーには触れますが、目の前のユーザーの体調までは読み取れません。シンガポールのヘルスAI企業Nervotecは2026年6月23日、カメラだけでバイタルサインを取得し、MCP対応のAIへ渡す「NervoScan MCP」を発表しました。

この記事では、NervoScan MCPの仕組みと使い方、既存のヘルス系MCPツールとの違い、プライバシー設計までを整理します。

この記事でわかること

  • NervoScan MCPが取得する6種類のバイタルと技術の概要
  • scan_vitalsツールを使った連携手順
  • ウェアラブル不要で動く理由と対応AIクライアント
  • スキャン結果の保存方針と利用上の注意点

MCPに「体の状態」を渡す新レイヤー

Model Context Protocol(MCP)は、AIアシスタントと外部ツールをつなぐ共通規格です。ドキュメント、カレンダー、データベースなどへの接続は広がりましたが、ユーザー本人の生理学的な状態をその場で取得する手段はありませんでした。

NervoScan MCPは、この欠けていた入力を補います。これまでMCP上のヘルス系ツールは、ウェアラブルやアプリがすでに記録したデータを読む「受け身」の役割にとどまっていました。NervoScan MCPは、AIがscan_vitalsを呼び出すたびにカメラで新しい計測を行う「能動的なセンサー」として動作します。

NervotecのCEO Jonathan Lau氏は、プレスリリースで「AIは推論を超えて、感じ取れるようになる」と述べています(参考)。

10秒の顔スキャンで何がわかるか

NervoScan MCPは、ノートPC・スマートフォン・ウェブカメラなど、手元のカメラだけで動作します。ユーザーが約10秒間カメラを見ると、次の6項目の推定値がAIアシスタント側に渡ります。

  • 心拍数(Heart Rate)
  • 心拍変動(Heart Rate Variability)
  • 血中酸素飽和度(Blood Oxygen)
  • 呼吸数(Respiratory Rate)
  • 血圧(Blood Pressure)
  • ストレススコア(Stress Score)

計測の核はリモートフォトプレチスモグラフィ(rPPG)です。心臓が血液を送り出すたび、顔の皮膚に微細な色の変化(マイクロブラッシュ)が生じます。rPPGはこの変化を映像から拾い、信号処理とAIでバイタルへ変換します。Nervotecの公式サポートページでも、メイクや照明、肌色の違いに対する耐性をうたっています(参考)。

ウェアラブル端末は不要です。すでに持っているカメラがセンサー代わりになる点が、日常利用でのハードル低減につながります。

使い方と対応クライアント

接続はMCPの標準認可フローで一度行えば足ります。AIアシスタントがscan_vitalsツールを呼び出すと、ユーザーはカメラに向かってスキャンを開始します。計測コストはNervoScan側で処理され、アシスタントの言語モデル利用料には載りません。

対応クライアントはモデル非依存です。Claude、ChatGPT、Gemini、Cursorなど、MCPに対応したクライアントで利用できます。ターゲットは、エージェント型AIを日常に組み込むパワーユーザー、バイオハッカー、セルフトラッキングを行う人層です。トレーニング記録の整理や、その日の体調を踏まえたスケジュール調整など、テキストだけでは届かなかった文脈をAIに渡せます。

新規ユーザーには20回分の無料スキャンが付与されます。以降の料金体系は発表時点のプレスリリースには記載がありません。

研究背景と実績

NervoScanの技術は、シンガポール総合病院(Singapore General Hospital)との共同研究を経て培われています。血圧とヘモグロビン推定に関するアルゴリズム開発研究は、JMIR Formative Research(2025)で査読付き論文として公開されています(参考)。研究では2023年3月から2024年6月にかけて200名の術前評価外来患者を対象に検証が行われ、多様な肌色を含む臨床現場でのデータに基づいています。

Nervotecの技術は、アジアとアフリカで展開する保険アプリ「Pulse by Prudential」のヘルスモニタリングにも採用されています。国立大学ヘルスシステム(NUHS)との研究協力もプレスリリースで触れられています。

Lau氏は「査読を通したことで、会社の主張だけでなく独立した専門家による検証があった」と説明しています(参考)。

プライバシー設計と注意点

ヘルスデータをAIに渡す以上、保存と同意の扱いは重要です。Nervotecはスキャン結果そのものは保存せず、スキャンが行われた時刻のみを保持すると説明しています。顔認識による本人特定ではなく、映像から生理信号を抽出するバイオセンシング用途に限定する設計です。各スキャンにはユーザーの同意が必要です。

一方で、NervoScanは一般向けウェルネスツールであり、医療機器ではありません。診断、治療、疾病の予防を目的とせず、推定値は医療機器や臨床評価の代替にはなりません。体調に不安がある場合は、計測アプリの数値ではなく医療専門家への相談が優先されます。

ウェアラブル連携との違い

Apple WatchやOura RingのデータをMCP経由で読む仕組みは、すでに記録済みの数値をAIに渡す点で有効です。NervoScan MCPの位置づけは異なります。その場でカメラ計測を実行し、リアルタイムの推定値をAIの判断材料にする能動型センサーです。

ウェアラブルを着け忘れた日や、手元に計測端末がない環境でも、PCやスマホのカメラがあれば同じフローでバイタルを取得できます。恒常的なトラッキングにはウェアラブルが向き、会話の途中でその瞬間の体調をAIに共有したい場面にはNervoScan MCPが向く、という使い分けが現実的です。

エージェントAI時代のヘルス入力

ウェアラブルとエージェント型AIの利用が並行して広がる中、NervoScan MCPは両者の接点に立つ製品です。AIはメールを読み、予約を入れ、コードを書く段階に入りました。次の一手は、ユーザーが今どういう身体状態にあるかを、テキスト以外のチャネルで把握することです。

10秒の顔スキャンという手軽さと、MCPという標準的な接続方式の組み合わせが、ヘルスケア文脈でのAI活用の選択肢を広げます。ただし推定値であること、医療判断の代替にならないことは忘れずに使う必要があります。エージェントに体調判断を任せる前に、ツールの性質とデータの扱いを理解しておくことが、安全に試すための前提になります。