工場のロボットが「見て、考えて、動く」物理AI(Physical AI)の実装競争が本格化しています。Intelは2026年6月、日立との戦略提携を発表し、あわせてロボット向けの新開発基盤を公開しました。

この記事でわかること

  • 物理AIとは何か、なぜ今注目されているか
  • Intelが発表したCore Ultra Series 3、OpenVINO Physical AI、Physical AI Studioの役割
  • 日立との提携内容と5つの協業分野
  • NVIDIA Jetsonとの違いと採用事例

物理AIとは何か

Physical AI(物理AI)とは、ファクトリーフロアや倉庫、小売店など現実世界に設置されたロボットや自律機械にAIを載せ、感知・推論・動作を一体化する技術の総称です。従来のロボットがあらかじめ決められた動作を繰り返すのに対し、物理AIはカメラやセンサーの入力から状況を読み取り、リアルタイムで行動を変えます。

コンサルティングファームPwCの調査では、物理AI市場は2030年までに約5,000億ドル規模に成長すると予測されています(参考)。医療、防衛、モビリティ、物流など幅広い領域で投資が進んでいます。

Intelと日立が物理AIで提携

2026年6月5日、Intelと日立は物理AIを中心とした戦略的コラボレーションを発表しました。

協業は5つの柱で進めます。ファウンドリツール、量子コンピューティング、エネルギー最適化、カスタムシリコンとエッジAI、工場自動化です。日立のIT・OT(Operational Technology、現場の制御技術)の知見と、Intelの半導体・AI計算基盤を組み合わせ、製造・エネルギー・モビリティなど社会インフラ向けのソリューションを開発します。

Intel CEOのLip-Bu Tan氏は「物理AIの波は、ロボティクスや自律機械を通じて産業のエッジを変革する」と述べています。日立側では、半導体製造向けの計測データ基盤ExTOPEへの物理AI適用や、Intel製ファブへのHMAX Energy導入など、具体的な連携項目が示されています。

Core Ultra Series 3がロボットの頭脳に

Intelの物理AI戦略の中核は、2026年1月のCESで発表されたIntel Core Ultra Series 3プロセッサーです。Intel初の18Aプロセスで製造され、CPU・GPU・NPU(Neural Processing Unit、AI専用演算ユニット)を1チップに統合したSoC(System on Chip)構成です。

ロボティクス分野では、研究室で離散GPUを使って学習したモデルを、現場では単一のSoCで推論実行する流れが課題でした。GPU単体のコストがシステム全体を超えるケースもあり、大量展開の障壁になっていました。

Sensory AIが開発する自律型カフェロボット「Ella」は、従来のCPU+離散GPU構成からCore Ultra Series 3のみの構成に切り替えました(参考)。創業者Keith Tan氏によれば、GPUの価格がシステム全体を上回り、カフェ事業のROIに合わないと判断したという経緯があります。

Computex 2026では、Ellaが時間あたり最大200杯のドリンクを提供し、Avatar・Guardian・Ella Agentの3つのAIエージェントを1つのSoC上で同時稼働させるデモが行われました。

130社超がSeries 3を採用、新フレームワークを公開

Intelは2026年5月のComputexに合わせ、Series 3プロセッサー向けのエッジAI・ロボティクス設計案件が130件を超えたと発表しました。イタリアのOversonic Roboticsは人型ロボットRoBeeをCore Ultra Series 3のみで稼働させ、韓国のCirculusはヒューマノイド向けOSを同チップで動かしています。

ここで公開されたのが、OpenVINO Physical AIとPhysical AI Studioです。両者はIntel Robotics AI Suiteの一部として提供されます。

OpenVINO Physical AI

https://www.intel.com/content/www/us/en/developer/tools/openvino-toolkit/physical-ai.html

OpenVINO Physical AIは、カメラ・センサー・AIモデル・ロボット動作を統合APIで接続するオープンソースのロボティクス展開フレームワークです。2018年からエッジ向け推論に使われてきたOpenVINOツールキットを、物理AI用途に拡張したものです。

VLA(Vision-Language-Action)モデル、つまり映像と言語の入力からロボットの動作を決めるモデルのデプロイに特化しています。ACT、SmolVLA、PI0.5など複数のアーキテクチャを1つのパラメーターで切り替えられ、CPU・GPU・NPUへの異種実行もフレームワーク側で扱います。

GitHubでプレビュー版が公開されており、正式版は2026年下半年に提供予定です。Hugging FaceのLeRobotプロジェクトとの連携により、学習済みモデルをPyTorchまたはOpenVINO形式でエクスポートできます。

Physical AI Studio

Physical AI Studioは、人間の操作デモからロボットに動きを教える模倣学習のためのエンドツーエンド開発環境です。データ収集、モデルのファインチューニング、最適化・量子化、検証済みVLAモデルのエクスポートまでをGUI・CLI・Python APIで扱えます。

GitHubリポジトリ open-edge-platform/physical-ai-studio で利用可能で、OpenVINO・ONNX・Torchへのエクスポートに対応しています。Intel公式発表によると、Physical AI Studioは現在利用可能です。

NVIDIAとの競合とIntelの主張

物理AI市場では、NVIDIAのJetsonプラットフォームとGR00Tロボット基盤モデルが先行しています。IntelはCore Ultra Series 3とOpenVINO Physical AIの組み合わせで、従来のCPU+離散アクセラレータの二重構成と比べ、総所有コスト(TCO)の削減とコード再利用性の向上を訴求しています。

Intelは中規模のVLAワークロードにおいて、Jetson AGX OrinやJetson Thor T5000に対するコスト・性能面での優位性を主張しています。ただし、この比較はIntel自身のベンチマークに基づくものであり、第三者検証は現時点で限定的です。

Trossen RoboticsのPrincipal Solutions Architect Marc Dostie氏は、Core Ultra Series 3について「x86アーキテクチャの開発者エコシステムと、Jetsonに匹敵するI/Oを備えた統合GPUを組み合わせた強力なシステム」と評価しています(参考)。

ロボット開発者が今できること

Physical AI Studioは現在利用可能です。Dockerまたはuvパッケージマネージャーでセットアップし、GUI(localhost:7860)またはPython APIからワークフローを開始できます。OpenVINO Physical AIはプレビュー段階ですが、ドキュメントとコードサンプルが公開されています。

典型的なデプロイフローは、Studioでポリシーを学習・エクスポートし、OpenVINO Physical AIでロボット上の推論ループを構築する形です。Intel公式ドキュメントでは、PolicyRuntimeがロボットの制御ループを管理し、SyncExecutionやAsyncExecutionで推論タイミングを選べる設計が示されています(参考)。

今後の見通し

Intelと日立の提携は、半導体製造から工場自動化まで物理AIの適用範囲を広げる動きです。一方で、OpenVINO Physical AIはまだプレビュー段階であり、量産ロボットへの本格展開はこれからです。開発者はPhysical AI Studioでモデルを整備し、正式版リリースに備えて検証を進める段階と言えます。