ブロックチェーンの機能をバラバラに導入する時代は終わりつつあります。NEAR Protocolは2026年6月25日、単体のチェーンではなく「積み上がる統合スタック」としての価値を公式に示しました。

この記事では、NEARが掲げる3層の技術構成と、それがマルチチェーン運用とセキュリティにどう効くかを整理します。

この記事でわかること

  • NEARアカウントモデルが耐量子署名と30超チェーン管理を支える理由
  • NEAR Intentsがクロスチェーン取引をどう簡略化するか
  • IronClawとConfidential Cloudがエージェント経済に与える意味

課題:マルチチェーンと量子脅威が同時に迫る

暗号資産ユーザーは、チェーンごとにウォレットを分け、ブリッジやガス代の調整に手間をかけています。NEAR Intentsの公式サイトでは、累計210億ドル超の取引量が33チェーンにまたがると報じられています。規模が大きくなるほど、チェーン間の操作コストは無視できません。

同時に、量子コンピュータの進展はブロックチェーンの署名方式を脅かします。BitcoinやEthereumのアドレスは暗号鍵と直結しており、鍵を耐量子方式へ切り替えてもアドレスを維持するのは困難です。Near One CTOのAnton Astafiev氏は、量子脅威への備えを先送りできない段階に入ったと指摘しています(参考)。

NEARはこの2つの課題を、個別機能の寄せ集めではなく統合スタックとして解こうとしています。

統合スタックの全体像

https://x.com/NEARProtocol/status/2070130344041292230

NEAR Protocolの公式X投稿では、統合スタックを次の3組み合わせで説明しています。

  1. NEAR Account Model + Post-Quantum Signing + Intents — 1つのNEAR IDで30超チェーンの資産を量子耐性のもとで管理
  2. Confidential Cloud + Intents + IronClaw — 運用者にデータや鍵を見せず、エージェントが資産を動かす
  3. Agent Market + Intents + IronClaw — 検証可能な決済レール付きのエージェント労働市場

各層は単独でも機能しますが、NEARはそれらが連動して価値を増す設計だと位置づけています。2026年のロードマップでも、クロスチェーン金融基盤と自律AIエージェントの2本柱を統合ビジョンとして掲げています(参考)。

アカウントモデル:暗号とIDを分離する設計

https://docs.near.org/protocol/accounts-contracts/account-model

NEARのアカウントは、alice.nearのような人間が読める名前で識別されます。Ethereumのように公開鍵そのものがアドレスになるわけではありません。アカウントは複数のAccess Key(アクセスキー)で制御され、鍵の追加・削除・入れ替えが可能です。

公式ドキュメントでは、Full-Access Key(全権限)とFunction-Call Key(特定コントラクト呼び出しのみ)の2種類が定義されています。鍵が漏洩した場合も、アカウントIDを変えずに新しい鍵へ切り替えられます。

Chain Signatures(チェーン署名)と組み合わせると、1つのNEARアカウントからBitcoin、Ethereum、Solanaなど外部チェーンのアドレスを導出し、トランザクションに署名できます。公式ドキュメントでは、MPC(多者計算)による分散署名と、derivation path(導出パス)によるマルチチェーンアドレス生成が説明されています。Near Oneの技術記事では、Chain SignaturesのMPCネットワークが35超のパブリックチェーンに対応すると述べられています(参考)。

耐量子署名:FIPS-204を1トランザクションで導入

NEARは現在、Ed25519(EdDSA)とsecp256k1(ECDSA)の2方式をサポートしています。いずれも量子コンピュータに対しては脆弱です。Near Oneは第3の署名方式として、NIST標準のFIPS-204(ML-DSA-65)を追加しています。

nearcoreの設計ドキュメントによると、ML-DSA-65は公開鍵約1,952バイト、署名約3,309バイトと従来方式より大きい一方、トライへの保存はSHA3-256ハッシュで圧縮されます。PostQuantumSignaturesプロトコル機能が有効化されると、ユーザーは1回のトランザクションでアクセスキーを耐量子鍵へローテーションできます。アカウントIDはそのまま維持されます。

テストネットへの投入は2026年第2四半期末を目標としています。Blockchain Quantum Readiness Indexの評価(2026年6月5日時点)では、メインネット上の耐量子保護はまだ未実装と記録されています。本番環境への展開は、監査とコミュニティ調整を経て行われる見込みです。

Defuseチームは、NEAR Intentsユーザー向けに耐量子対応のChain Signaturesも開発中です。他チェーンの移行が遅れた場合でも、NEAR側で量子耐性の環境を提供できる構想です(参考)。

NEAR Intents:結果だけを指定する取引プロトコル

https://docs.near.org/chain-abstraction/intents/overview

NEAR Intentsは、ユーザーが「Token AをToken Bに交換したい」といった望む結果を宣言し、ソルバー(Solver、市場参加者)が最適な実行方法を競うマルチチェーンプロトコルです。ユーザーが承認した見積もりは、NEAR上のVerifierスマートコントラクトで検証・決済されます。

公式サイトでは、33チェーン・125超の資産にわたる流動性統合、サブセント級の手数料、ミリ秒単位の実行が謳われています。Ledger、Brave Wallet、InfinexなどのウォレットやDeFiプロトコルが統合しており、ガス代の手動調整やブリッジ管理をユーザー側から隠す設計です。

Confidential Intentsは、TEE(Trusted Execution Environment、信頼実行環境)ベースのプライベートシャード上で取引を実行し、MEV(最大抽出可能価値)やフロントランニングからポジションを守ります。機関投資家向けに選択的開示と監査可能な実行を両立する機能も用意されています(参考)。

IronClawとエージェント市場:鍵をモデルに渡さない実行基盤

https://near.org/

NEAR AIが提供するIronClawは、WASMサンドボックスとTEE上で動作するエージェント実行基盤です。認証情報をハードウェア強制のエンクレーブ内に隔離し、LLM(大規模言語モデル)に秘密鍵や個人データを渡さない設計です。Brave NightlyやAboundなどが、NEAR AIのプライベート推論基盤を利用しています。

公式X投稿が示す「Agent Market + Intents + IronClaw」の組み合わせは、エージェント同士の労働取引にNEAR Intentsの決済レールを載せる構想です。開発者がエージェントを公開し、ユーザーがインストールして利用する市場モデルが想定されています。TEEデプロイにより、各エージェントが個別に信頼を獲得する必要が減り、プラットフォーム層でセキュリティを担保する方針です。

他チェーンとの違い

観点 Bitcoin / Ethereum NEAR
アカウントID 鍵から導出 名前付きIDと鍵を分離
鍵の更新 アドレス変更が必要 同一IDのままローテーション可能
クロスチェーン 外部ブリッジが必要 Chain Signatures + Intentsで統合
耐量子対応 移行ルートが未確定 FIPS-204をプロトコル層で追加中

Gate Blogの比較表(2026年5月)では、NEARのFIPS-204統合を「プロトコルレベルで進行中」と位置づけ、Ethereumのレイヤー1対応は2029年頃、Bitcoinは研究段階と整理されています(参考)。

今後の注目点

耐量子署名のテストネット稼働は、ウォレットやハードウェアウォレットの対応が実用化の鍵になります。Near OneはLedgerとの連携を含むウォレット側の調整を進めています。Intentsの取引量とチェーン数は拡大傾向にあり、エージェント経済との接続が本格化すれば、統合スタックの設計思想が実運用で試される段階に入ります。

マルチチェーン利用と量子セキュリティを同時に求める開発者・投資家にとって、NEARの「積み上がるスタック」は単なる機能リストではなく、相互に補強するアーキテクチャとして読む価値があります。