AI開発に必要なGPUは、大手クラウド事業者ほどの資金力がないと確保しづらい——そんな構図を変えようと、豪州のAIインフラ企業Firmus TechnologiesがNvidiaと戦略提携を結びました。インドネシア・バタム島に最大17万基のGPUを置く360メガワット規模のAIファクトリー建設が柱で、2027年第1四半期の稼働を目指しています。

この記事では、提携の中身と開発者・企業にとっての意味を整理します。

  • FirmusとNvidiaの提携で何が決まったか
  • 収益分配型の契約がGPUクラウドのコストに与える影響
  • オーストラリア案件との違いと、誰が使える拠点か
  • HyperCubeとNvidia DSXが担う役割

17万GPU規模のAIファクトリーがバタム島に建つ

2026年6月28日、FirmusはNvidiaとの8年間の戦略提携を発表しました(Bloombergの報道)。提携の中心は、シンガポール沖のインドネシア・バタム島に建設する360メガワットの「Nvidia DSX AI Factory」キャンパスです。シンガポール拠点のデータセンター開発企業DayOneと共同で進め、2027年第1四半期の稼働開始を予定しています。

GPU(Graphics Processing Unit)は、AIの学習や推論に使う演算チップです。今回の契約では、Grace Blackwell、Vera Rubin、Veraの各プラットフォームにわたり、2027年から2028年にかけて最大17万基のNvidia AIアクセラレータを導入します。アジア太平洋地域でも最大級のAIインフラ案件の一つと位置づけられています(CRN Asiaの報道)。

Firmusは、提携の最初の6年間で250億〜300億ドル規模のオフテイク(長期利用契約)収入を見込んでいます。見通しは、すでに締結済みの顧客コミットメントに基づくものです。

なぜ今、東南アジアに巨大GPU拠点なのか

AI関連のデータセンター需要は急拡大しています。McKinseyは、2030年までにAI関連のデータセンター容量だけで5.2兆ドルの投資が必要になると試算しています(CRN Asiaの報道)。アジア太平洋でも投資が加速しており、Blackstone傘下のAirTrunkがインド単体で300億ドルを投じる計画を発表するなど、地域競争が激化しています(The Next Webの報道)。

バタム島はシンガポールに隣接し、金融・テックのハブに近い立地です。シンガポールのIMDA(Infocomm Media Development Authority)は、グリーンデータセンター路線図で短期に300メガワット以上の追加容量を掲げており、周辺への需要も背景にあります(TechWire Asiaの報道)。

Firmusは2019年にタスマニアでビットコイン採掘向けの冷却技術から始まり、2023年以降はAI向けデータセンターへ本格転換しました。2026年4月にはCoatue Management主導で5億500万ドルを調達し、企業価値は55億ドルに達しています。Nvidiaは出資者でもあり、今回の提携は単発の調達ではなく、継続的な関係の延長です。

収益分配型でGPUクラウドを安くする仕組み

今回の提携の核心は、FirmusがNvidia製インフラを調達し、それを基盤にしたクラウドサービスを販売する点にあります。Nvidiaはチップの製品売上に加え、支援対象容量から生じるクラウド収益の一部も受け取ります。収益分配とクレジット支援を組み合わせたモデルで、Firmusは巨額の前払い購入を避けながら大規模GPUを確保できます(CRN Asiaの報道)。

この構造は、NvidiaのDSXプログラムの拡大でもあります。DSXは、データセンター事業者と組み、GPUインフラを収益分配型で展開するためのフルスタックAIファクトリープラットフォームです。設計・シミュレーション・運用までを一貫して扱う参照アーキテクチャとして位置づけられています。

共同CEOのTim Rosenfield氏はReutersに対し、大手企業が信用格付けの高さから得るコスト優位と、新興AI企業の間の格差を縮める狙いがあると述べています。「これは次世代の企業が大手と競争するチャンスを与える、実質的な方法だ」と語りました(TechWire Asiaの報道)。

顧客層は、AIネイティブ企業、一般企業、ISV(独立系ソフトウェアベンダー)です。AIネイティブ企業とは、製品やサービスの中核にAI演算を据えた事業者を指します。大規模な資本投下を自社で抱え込まず、クラウド経由でGPUを使える道が開かれます。

HyperCubeとDSXが担う冷却と効率

バタムのキャンパスでは、Nvidia DSXとFirmus独自のHyperCubeが組み合わされます。HyperCubeは豪州で開発された液冷式AIファクトリー設計で、Nvidia DSXの設計図に合わせて共同設計されています(w.mediaの報道)。

高密度GPUラックは従来の空冷サーバーより冷却負荷が大きく、液冷が前提になります。Nvidiaは液冷GB200 NVL72ラックが、同じ電力でH100空冷インフラの25倍の性能を出せると説明しています(CRN Asiaの報道)。FirmusはHyperCubeで同等システム比30%少ないエネルギー、99%少ない水消費を実現すると主張しています。

両社は、統合によりトークンあたりの電力消費(tokens per watt)の改善と、トークン単価の低減を狙うとしています。tokens per wattは、消費電力1単位あたりにAIモデルがどれだけ出力を生成できるかを示す指標です。

オーストラリア案件との違い

Firmusの国内案件は、MetaやAmazon Web Servicesのようなハイパースケーラー向けが中心です。2025年にはCDC Data Centersと協力し、2028年までにオーストラリア全土で最大1.6ギガワットのデータセンターを展開する契約を結んでいます。2026年3月にはProject Southgateで約1万8400基のNvidia GB300 GPUを扱う長期契約も発表済みです(CRN Asiaの報道)。

一方、バタム案件はマルチテナント型で、AIネイティブ企業向けクラウドが主眼です。Rosenfield氏は、インドネシア展開がオーストラリア計画を遅らせないとBloombergに語っています。タスマニア、ビクトリア、ニューサウスウェールズなど複数州での建設計画は継続します(TechWire Asiaの報道)。

施設本体はDayOneが建設し、Firmusはスペースを借りてNvidiaチップを設置する形です。DayOneはCoatue Managementとソフトバンクが支援する企業で、Firmusは株式と負債の組み合わせで運転資金を調達する方針です(TechWire Asiaの報道)。

開発者と企業が押さえるべき点

2027年第1四半期の稼働開始まで、あと約半年です。GPUの納入は2027年から2028年に集中するため、即日利用は想定できません。ただし、提携発表時点で250億〜300億ドル規模のオフテイクが見込まれていることは、需要の厚みを示す材料です。

AIインフラ競争は、チップ供給だけでなく、冷却・電力・立地の総合力で決まります。バタムはシンガポール近接の地理優位と、Firmusの液冷設計、Nvidia DSXの参照アーキテクチャが重なる拠点です。大手クラウドに依存せずGPUを確保したいAI新興企業にとって、東南アジアでの新たな選択肢として注目に値します。